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2016年8月19日金曜日

夫婦茶碗、男女平等、文化相対主義


Twitterでシュナムル氏が、次のように述べています。
フランス人の友達の結婚祝いに夫婦茶碗を送ったら新婦の不興を買ってしまったという失敗話を同僚から聞いた。もちろん「なぜ妻の方が小さいのか、夫より少なく食べろという意味か」と眉をしかめるフランス人の感覚が全く正しいわけだが、それを認識できる日本人はどれくらいいるんだろう。
それに対して、ことだま けむりん氏はこう述べています。 ‏
それは男尊女卑ではなくて、男女の体(手と口)の大きさによるものだから。
けむりん氏の主張は、日本の人には、あまり違和感がないものだろうと思います。

一方で、フランスの方も含め、「欧米」の方からすれば、「なぜ妻のほうが小さいのか」というのも、まったく当然の感じ方だろうと思います。

ここで、しっかりと抑えるべきなのは、この二つの考え方の、
「どちらかが正しいわけではない」
ということです。

シュナムル氏は、フランスの考えに馴染んでいるため、夫婦茶碗は差別的だと言い、
けむりん氏は日本の考えに馴染んでいるため、それは差別とは関係ない、
というわけですが、どちらの主張も、立場が異なっているだけで、間違ってはいないのです。

このような議論があるときに、日本人として気をつけなければならないのは、夫婦茶碗のような、日本人にとっては一見ふつうのものが、他の文化の人から見たとき、まったく差別的なものに見える場合があるということです。

「欧米」の人であっても、「東洋」には別の文化体系があることを知っている人ならば、夫婦茶碗くらいで驚いたりはしないでしょうが、「東洋」の文化をまったく知らない「欧米人」からすれば、夫婦茶碗をはじめ、様々な「東洋」の文化が、「遅れた」、「野蛮」な文化に見えてしまうということがあるわけです。

そこで、こうした見解の相違が生じたときには、自分の文化の一方的な見方を主張するのではなく、相手の文化の見方を受け入れ、尊重した上で、自分たちはこのように考えるのだ、ということを、伝えていくことが大切になります。

「欧米」の文化には学ぶべきところが多々あります。
同時に、日本も含め、東洋の文化にも優れた点はたくさんあります。

どちらかの文化が優れている、というような見方にとらわれることなく、それぞれの文化にはそれぞれの価値があるという、文化相対主義的な視点から、様々な文化のいい部分を取り入れて、よりよい世界を創っていきたいものではありませんか。

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