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2016年3月26日土曜日

無駄な苦労はやめて、新しい経験をしよう




[note.mu に掲載のものと同じ内容です]

「若いうちの苦労は、売ってでもやめろ」という言葉を初めて聞きました。
普通は「買ってでもしろ」ですよね。

それで、ネットで検索してみたら、糸井重里さんとの対談で、明石家さんまさんが「苦労は売ってでもやめろ」と言って、それが広まったようです。

さすが、さんまさん、このことわざの裏返し方、気が効いてますよね。

さて、ネット上には、「若いうちの苦労は、したほうがいいのか、しないほうがいいのか」というような形で、どちらが正しいのかを問うような質問もありました。

そして、その答えとしては、「無駄な苦労はしなくていい」、「経験に結びつくような良い苦労ならしたほうがいい」、というようなところが、模範解答のようです。

今の世の中は、「無駄な苦労」が溢れてますもんね。

右も左も分からない若者が、会社に言われるままに働いて、過労死してしまうという、どうにも悲しい現実があります。

「今の苦労はあとで役に立つから」という、もっともらしい言葉に騙され続けていたら、いくつ命があっても足りません。

そして、家庭での親からの虐待や、学校でのいじめなどの問題。
本人は生きるか死ぬかの思いで、なんとか状況を変えたいのに、周りの人間に無責任に「そういう苦労もあとで役に立つよ」と言われたら、どうでしょうか。
本人は絶望するしかないでしょう。

こうした厳しい経験を生き抜くことで得られる深い知恵というものは、確かにあるはずなのです [註] が、一方、ひどい状況から逃げ出すことは、何も悪いことではないのです。
もし、逃げられるのなら、逃げてください。応援します。

けれどまた、物のあふれる現代日本では、逆の状況もたくさんあるはずです。

苦労なんかしたくない。親のすねをかじってれば、なんとか生きていける。
若いときに大した苦労をする機会もないまま、ずるずると人生が過ぎていって、気がついたら立派な引きこもりおじさんになっていた。
そんな人もたくさんいるはずです。

引きこもりおじさんが悪いと言ってるわけではありません。

現在の社会状況がそれを許す以上、他人になんと言われようが気にすることなんてないんです。

引きこもっている方々には、やはりそれなりの理由があるわけで、その事情も分からぬままに、自分の勝手な判断で「親が甘やかすから」とか「働かないでのらくらして」とか言うのは、まったく大きなお世話にすぎません。
もちろんそうおっしゃるご本人は、それで日頃のガス抜きになるでしょうから、それをやめろという筋合いでもないわけですが。

ちなみに、ぼく自身、学校を出たあと、二年弱会社勤めをした以外は、パートタイムの仕事で、のほほんと食いつないできました。

もちろん人間というもの、いろいろ悩みを抱えていますから、周りから見えるほどに心の中は、のほほんとしてないんですけどね。

とはいえやっぱり、きちんと働いてる方からすれば、「なんだ、この穀潰しのおっさんは」みたいなことになるんでしょうかねぇ。

そんなぼくではありますが、「苦労」というのとは、ちょっと違うのですけれど、二十代の後半に、障害者福祉の分野に思い切って足を踏み入れたことは、本当にいい経験になったと思っています。

これに関しても、フルタイムで働くような根性はなくて、週3日くらいのパートタイムの身分でしたが、それまで知らなかった業界の中で、いろいろな人との出会いがありました。
それぞれに苦労を抱えながらも、ある意味「普通」に生きている、身体や精神の障害者の方々。また、制度上さまざまに限界がある中、しんどさを抱えながらも楽しみも見つけながら、障害者をサポートするスタッフの方々。そうした方々との出会いは、ぼくの人生を確かに変えたと思います。

以上、少しまとめてみます。

1. 苦労は買ってでもしろ、というのは、「低賃金でも言われるままに働け」とか「どんな虐待やいじめにも我慢しろ」とかそういう意味ではありません。

もし、そういう境遇にある人は、なんとかそこから抜け出してください。
あなたが大人なら、勇気ある決断だけでもそこから逃げることができるかもしれません。
あなたが子どもだったり、なんらかの事情で今すぐ逃げることができない場合は、自分が潰されてしまわないように、自分を大切にしてあげてください。時間を稼ぐことができれば、抜け出す道がきっと見つかるはずです。

2. まだ、若い方々へ。あるいは若いころに苦労を買い損なったあなたへ。

まあ、このご時世、「苦労」なんて言葉は古臭いですよね。
苦労なんてしなくていいですから、新しい経験を楽しんでください。

人間うっかりすると、パターンにはまってつまらない人生になりがちです。
そのとき、苦労というほどのことではなくても、重い腰を上げて、新しい世界に飛び込むこと。そんな、ちょっとしたことで、人生の輝きが増すはずです。

たとえ、あなたが引きこもりで、周りからとやかく言われるにしても、きちんと自分の世界を持って、その世界を日々新しくしていくことができるなら、あなたの人生には、十分以上の意味があるはずです。

また、これは年齢とも関係のないことです。

一つのことを丁寧に続けることができる方は、もちろんそれで問題ないのですが、そのマンネリ性に倦んでしまっているのでしたら、少し考えてみてください。
物事を別の角度から物事を見るためにも、今までとは違うことをやってみて、新しい経験を楽しむことは、とても有効だと思います。

おばさん、おじさんになっても、おばあさん、おじいさんになっても、きらきらと輝く人生を送り続けたいものですよね。

そのためにも、「無駄な苦労はやめて、新しい経験をしよう」という話でした。

[註] 厳しい経験を生き抜くことで得られる深い知恵: ナチスドイツのアウシュビッツ収容所から生還した精神医学者ヴイクトール・フランクルがその経験を描いた「夜と霧」は、極限状態における人間精神の尊さについて考えさせられる著作です。

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