三宅洋平、ホメオパシー、カルト、民主主義

[追記: 2016.08.21] こちらの記事では Wikipedia の記述に沿って、助産師に問題があったように書いてしまいましたが、死亡事故の原因は分かっていないし、助産師の責任についても明らかではない、とするのが適当であると考えるに至り、もう一つ記事を書きました。[ホメオパシーに関連して日本のジャーナリズムの問題とカルト的思考、そして三宅洋平]

「自然志向」の三宅洋平氏は、医療に頼りすぎないほうがよいとの考えを持ち、ホメオパシーなどを勧める発言をしているために「非科学的」で「カルト的」であるとの批判をされています。

けれど、ホメオパシーを勧めることは「非科学的」で「カルト的」なことなのでしょうか。また、それは反社会的で悪いことなのでしょうか。

政策としてホメオパシーを推進するとなれば、これはまた別の話ですが、彼はツイッター上の個人的な発言でホメオパシーを勧めているにすぎません。

こうしたことが一々政治家の欠格条件になるとしたら、日本には政治家などいなくなってしまうのではないでしょうか?

  *  *  *

ホメオパシーについて、要点を説明します。

・ホメオパシーは医学的にはプラシーボ以上の効果はないとされています。
・レメディという砂糖玉を処方するだけなので、有害な副作用はありません。
・ヨーロッパやインドなどでも民間療法として普通に実践されています。

プラシーボ効果というのは、実際には薬効のない物質を患者に投与した場合、一定の割合で症状が改善する現象のことで、暗示によって自然治癒力が引き出される効果のことです。

普通の薬のような薬効こそありませんが、患者が治療者を信頼してレメディを服用することで、自然治癒力が発揮され症状が改善されるのですから、ここには何ら問題はないと言えます。

むしろ、こうした暗示と自然治癒力の効果を否定し、薬効はあっても同時に副作用も強い現代医学のみを肯定する態度のほうが、よほど「非科学的」なものにも見えます。

それではなぜ、日本ではホメオパシーが嫌われるのでしょうか。

その理由は、ホメオパシーの誤用によって発生した事故によって、ホメオパシー自体が危険であると勘違いされているということです。

2009年に山口県山口市で、新生児がビタミンKの欠乏により硬膜下血腫を起こして死亡するという事故がありました。こうした事故を防ぐため、新生児にはビタミンKを投与するよう厚生労働省が指導していますが、ホメオパシーを実践する助産師がビタミンKの投与をせず、その効果を代替するとされるホメオパシーのレメディを投与した上、母子手帳 には「ビタミンK投与」と偽って記載していたと伝えられています。

このようにホメオパシーの誤用によって死亡事故を起こしたと考えられる助産師の方の責任は十分問われる必要がありますが、一個人の誤りを、ホメオパシー全体の問題とするのは論理的に無理があります。
(この件は、一個人の問題ではなく、日本助産師会自体に問題があったとする指摘があります。それが事実であるなら、日本助産師会の責任を不問とするためにホメオパシーが「攻撃」された可能性も否定できません)

人間という不完全な存在が医療を行なう以上、医療ミスによる死亡事故も避けることはできません。

しかし、それを理由に医学自体を否定することは、普通ありえないでしょう。

では、どうして医学は否定されず、ホメオパシーは否定されるのでしょうか。

医学はわれわれの身近にあり馴染みのあるものです。人間は、馴染みのあるものには安心感を覚え、少数の否定的な事故があっても、全体の信頼感をなくすことはありません。

逆にホメオパシーは多くの人にとって、身近な存在ではなく、よく分からない得体のしれないものです。よく知らないものに対しては、少しでも否定的な事故があると、全体を否定してしまうのが人間の心理なのです。

同じことはほかのいろいろなことについても言えます。

警察官の犯罪はあとを絶ちませんが、警察の存在自体を否定する人は少ないでしょう。

けれど、外国人の犯罪、精神「障がい」者の犯罪はどうでしょうか。よく知らないゆえに、外国人や精神「障がい」者の全体が危険だと勘違いしてはいないでしょうか。そうした誤解から、根拠のない差別的な発言をする人があなたの周りにはいないでしょうか。

  *  *  *

ホメオパシーが嫌いな人は、ホメオパシーを使う必要はありません。

ホメオパシーを誤用する人がいれば、その問題点は指摘するべきです。

しかし、本人が好んでホメオパシーを使い、それで症状が改善しているときに、そんな非科学的な療法はやめなさい、というのは、余計なお世話にすぎないでしょう。

ネット上には、「独善」「欺瞞」「厚顔無恥」などなどの、「余計なお世話」が満ち溢れています。

ホメオパシーが「カルト」であると言うのなら、そうした「余計なお世話」は「多数派のカルト」と呼ぶべきではないでしょうか。

立場の異なる方から見れば、この記事も「余計なお世話」ということになるだろうことは承知の上で、そうした「余計なお世話」の雑音に惑わされることなく、また、雑音の中にも一面の真実が潜むことも忘れずに、一人ひとりが、自分なりの立場で、事実に基づき、冷静に発言していくことが、ネット上の民主主義を育てていくことになるはずだ、ということを結論として、この記事を締めくくることにします。

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