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いつまでも夏のままで

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今ぼくは南国タイにるので、夏がいつまでも続いています。 ほんとうはタイの場合、南北に長いし、森深いところや、少し山がちのところなど、冬はまあまあ寒かったりもするのですけれど、ここは、あえて大雑把にくくってしまって、夏がいつまでも、と。 で、ぼくの場合、どちらかというと寒いのは苦手です。 寒くて縮こまってるのは、気が滅入ります。 若い頃は寒い中スキーをしたりもしましたが、そういう非日常はともかく、日々の暮らしが寒いのは、元気がなくなるし、ちょっと苦手ってことで。 でも、東京あたりで冬場乾燥してるのと、スキー場にいるときや、東広島に住んでたときに感じた湿度のある寒さは、また違うんですよねぇ。 ですが、まあ、その辺りの話は置き去りにして、夏の話に行きます。 インドのバラナシで、宿の人も参るほどの連日45℃の日々。 うちのおくさんも参ってたけど、ぼくは割と快適でした。 食欲はなくなって、肉、魚はもともと食べないのに加え、炭水化物もほとんどゼロ。野菜スープとスイカで過ごしましたが、どっちも絶妙においしくて。 野菜スープというのは、ニガウリ、トマト、玉ねぎにハーブとスパイス、てな感じのものを自分で鍋で煮るだけですが、これが毎日、毎食、ほんとにおいしいんですよね。 45℃マジックです。 それから、スイカはそのまま食べるのももちろんおいしいんですが、スイカとみかんのジュースというのがまたおいしくて。 ミックスジュースとか食べ合わせについては、いろいろあるんですけど、食べ物にあんまりこだわりがなくて、披露できるほどのまとまりがないので、今はこのくらいにしておきます。 そういうわけで、みなさんも夏バテの時は、ニガウリ入れた野菜スープ試してみてください。 以上、いつまでも夏のまま、季節外れの男、とし兵衛がお送りしました。 [初出、https://note.mu/tosibuu/n/nbccd88f01af3 (一部改稿)]

無駄な苦労はやめて、新しい経験をしよう

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[ note.mu に掲載のもの と同じ内容です] 「若いうちの苦労は、売ってでもやめろ」という言葉を初めて聞きました。 普通は「買ってでもしろ」ですよね。 それで、ネットで検索してみたら、糸井重里さんとの対談で、明石家さんまさんが「苦労は売ってでもやめろ」と言って、それが広まったようです。 さすが、さんまさん、このことわざの裏返し方、気が効いてますよね。 さて、ネット上には、「若いうちの苦労は、したほうがいいのか、しないほうがいいのか」というような形で、どちらが正しいのかを問うような質問もありました。 そして、その答えとしては、「無駄な苦労はしなくていい」、「経験に結びつくような良い苦労ならしたほうがいい」、というようなところが、模範解答のようです。 今の世の中は、「無駄な苦労」が溢れてますもんね。 右も左も分からない若者が、会社に言われるままに働いて、過労死してしまうという、どうにも悲しい現実があります。 「今の苦労はあとで役に立つから」という、もっともらしい言葉に騙され続けていたら、いくつ命があっても足りません。 そして、家庭での親からの虐待や、学校でのいじめなどの問題。 本人は生きるか死ぬかの思いで、なんとか状況を変えたいのに、周りの人間に無責任に「そういう苦労もあとで役に立つよ」と言われたら、どうでしょうか。 本人は絶望するしかないでしょう。 こうした厳しい経験を生き抜くことで得られる深い知恵というものは、確かにあるはずなのです [註] が、一方、ひどい状況から逃げ出すことは、何も悪いことではないのです。 もし、逃げられるのなら、逃げてください。応援します。 けれどまた、物のあふれる現代日本では、逆の状況もたくさんあるはずです。 苦労なんかしたくない。親のすねをかじってれば、なんとか生きていける。 若いときに大した苦労をする機会もないまま、ずるずると人生が過ぎていって、気がついたら立派な引きこもりおじさんになっていた。 そんな人もたくさんいるはずです。 引きこもりおじさんが悪いと言ってるわけではありません。 現在の社会状況がそれを許す以上、他人になんと言われようが気にすることなんてないんです。 引きこもっている方々には、やはりそれなりの理由があるわけで、その事情も分からぬままに...

暑さにうだりながら

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note.mu 掲載のもの と同一の内容です。  ------  どこまでも遠くに行きたいと思った どこにも行かなくていいと思った ぼくの心はいつもふらふら きみを想っていつもゆらゆら  きみとならどこまでも行けると あのとき確かに思った なのにここらが限界とあきらめて いつもきみから逃げ出そうとしている  スピティ渓谷の奥深くまで踏み入って ヒマラヤの雪を眺めながらチベット僧の勤行に この身を震わせたい  道も通らぬアマゾンの森で狩猟採集の暮らしを 続ける人たちと嗅ぎ薬を吹き込み合いながら 永遠の夢を見てみたい  けれどぼくはこうしてタイの安宿で暑さに うだりながらきみの帰りを待っている  今はここで自分の力を蓄える 時間が必要なんだ どこかに行ったからといって幸せが 待っているわけでもないだろう?  幸せはこの瞬間にその心の中に自分の手で 作り出すしかないものじゃないか きみが戻れば日々のいさかいが また繰り返される  それに負けずにぼくはふらふら行くさ ゆらゆら揺れるきみの心を大事にしてさ  [気が向いたらこちらもどうぞ]   おかあさん、いつもありがとう (2015/01/21)   神さまが見ている (2014/10/06)   ぼくらはほんとうに ひとりぼっちだけれど (2015/01/06)