投稿

ラベル(海の向こうで考えたこと)が付いた投稿を表示しています

イケダハヤト氏が「お試しあれ」と言ったホメオパシー半可通講座

ぷちウェブ作家のとし兵衛です。 アルファブロガーとして毀誉褒貶半ばする高知県在住・脱東京派のイケダハヤト氏が、[ 【ホメオパシー】ムカデや蜂に刺されたときは「エイピス」を飲むと治るらしい。 ] という大変おもしろい記事を書いていらっしゃいます。 この記事は、次のようなストーリーで、「効き目の分からない商品」を上手に宣伝するものとなっています。 1. イケダ氏は、「ホメオパシーって怪しい」、「個人的にはあんまり信用してません」と書いています。 2. それなのに、自分の知人二人を含め、Twitter からの複数の発言を紹介しながら、「ホメオパシーのエイピスというレメディ(薬のようなもの、実態は無害なアメ玉)は「効くんだろうなぁ」と述べています。 3. その上で、自分は使ったことがないし、なぜ効くのかは「よくわからない」が「値段はリーズナブルなので、田舎暮らししている方はいざという時に『お試しあれ』」として、エイピスという商品を売るアフィリエイトのリンクを紹介しています。 新聞で見かける「健康食品」の広告をひとひねりした感があり、イケダ氏はなかなか優秀なコピーライターだなぁと思います。 イケダ氏の「広告記事」については、それだけの感想です。否定も肯定も特にしません。   *  *  * イケダ氏はなぜこのような記事を書いたのでしょうか。 イケダ氏はブロガーとして大層な収入を得ていらっしゃるようですし、エイピスのような低価格の商品を紹介しても手数料収入はそれほど得られないでしょうから、この記事は特別に収入を狙って書いたものではないように思えます。 ネット上の「正義派」の人をからかいながらの、話題作りの「炎上商法」でしょうか。 そうだとすれば、狙い通りに「正義派」の人々が噴き上げてくれているようです。 ホメオパシーのような、疑似科学の詐欺まがい商品をネット上で宣伝するのはけしからん、というわけです。 そういう話題が好みのかたは、 こちらのまとめ記事をどうぞ。   *  *  * さて、ぼくはホメオパシーの信者ではありませんし、エイピスというレメディを誰かにすすめるつもりもありません。 そのことをお断りした上で、「ホメオパシーはなぜ効くのか」を説明することにしましょう。 ホメオパシーとは何なのか、そしてそれが「...

アウシュビッツ、新潟知事選、安倍政権

いきなりアウシュビッツとは穏やかでないのですが、マミーさんというかたが、[ 小学校の図書室で思うこと ]  という記事を書いてらっしゃいます。 「アウシュビッツの図書係」(アントニオ・G・イトゥルベ著、小原京子訳、集英社) という本の紹介記事で、14歳の実在の少女をモデルに書かれた「限りなくノンフィクションに近い小説」とのことです。 自分の命を賭けてまで、本を守るとはどういうことなのか。この本の詳しい内容に関してはマミーさんの記事を見ていただくとして、この記事では、『極限状態においても人間という存在が持ちうる「勇気」という力』について、ゆるりと書いてみたいと思います。   *  *  * 昨日、2016年10月16日は、新潟県で知事選がありました。 原発の再稼働に積極的に異議を申し立てていた泉田現知事が、直前に立候補を取りやめるという奇妙な事態を経て、再稼働に反対する米山隆一氏が立候補し、当選したことは、原発問題の今後について、また、原発再稼働に象徴される日本の「総天然全体主義化」の行く末について、大きな問題を提起しているものと思います。 鹿児島での三反園の当選に続き、新潟においても原発再稼働に反対を表明する米山氏が、自民、新潟連合の押す森氏を破ったことは、地方の首長選において、「民意」ははっきりと原発再稼働に「反対」であることを示しています。 しかしながら、沖縄・高江の現状を見れば明らかなように、「中央」の権力機構は、反対派に対する徹底的な弾圧の姿勢を隠す必要すら、もはや感じていない模様です。 米山氏の勝利を手放しで喜ぶことはできず、これからの道行きの険しさを感じる所以です。 [2016.10.18 追記] なんとも意外なことに、 こちらの記事によると、米山隆一氏の「本音」は「原発賛成」ということのようです。 新潟県民の民意を裏切り、安易に「再稼働」を許すことのないよう、米山氏にはくれぐれもよろしくお願いしたいところです。   *  *  * さて、そのニッポンの「中央」を代表して立つ存在が、自民党総裁にして内閣総理大臣である安倍晋三氏ということになります。 そうであるからには、現在のニッポンの流れに反対の意を表明するために、「反安倍」をいうことは当然ではあるのですが、仮に安倍氏の「首」を切ることができ...

改憲に王手。ニッポンはホントーに大丈夫なのか?

先の参院選で改憲派が三分の二議席を確保し、いよいよ日本の行く末には暗雲が垂れ込めているように思われます。 もんじゅは廃炉に向かう模様ですが、新型の「高速炉」という愚にもつかない選択肢で利権を温存しようとする勢力につける薬はありません。 沖縄・高江のヘリパッド建設現場では、民主主義とは程遠い手続きで、今日も貴重な自然が破壊され、反対運動をする市民に対して人権を無視した「弾圧」が続きます。 ニッポンという国は、ホントーに大丈夫なのでしょうか? そして、ぼくたち国民の一人ひとりは、こうした状況下で何ができるのでしょうか?   *  *  * うちの親父は建設会社に勤めて、公団関係の仕事をしていたので、役人や政治家の悪口をよく言ってました。 また、かつての東京オリンピックのころに生まれたぼくは、学生運動の時代は知りません。 若いころはSFをよく読みましたが、SF関係の人の文章に、学生運動の時代にSFなど読んでいると、運動の人たちがやってきて、お前らこの時代にSFなんぞにうつつを抜かしていていいと思っているのか、とアジられる、というようなことが書いてあったのを思い出します。 ぼくはと言えば、そんな時代に生きていたらアジられる側に回っただろう、まったくのノンポリで政治音痴の若者でしたが、チェルノブイリの事故をきっかけに、この社会の仕組みに目がいくようになりました。 SF小説を読んで、仲間とあーだこーだ言ってるだけの頭でっかちの人間だったぼくが、チェルノブイリをきっかけに、原発反対の運動に足を突っ込んだり、「障がい」者のための施設で働いたりする中で、この世の中にどんな問題があって、自分には何ができるのかというようなことを、自分なりに肌で感じながら考えることができたのは、人生にとって大切な財産になっていると思います。   *  *  * ぼくにとっての、そうした転換期は、二十代の末に訪れましたが、仲間と出していた同人誌に、そんな社会的な思いを綴ったところ、それを読んだ知り合いの女の子から手紙をもらい、 堀田善衛の「広場の孤独」をすすめられました。朝鮮戦争を題材に、ある新聞記者の政治に対する「コミットメント」を書いた物語です。 はじめて読む堀田善衛は新鮮で、実際に戦争を経験した日本人が、戦争という政治的事態とどう関わるかを思い悩む、...