不思議なきのこを科学する - そして瞑想と悟りへ
[左は普通の状態の脳内のつながり、右は不思議なきのこが効いている状態でのつながりを視覚化したもの。右図では脳内のネットワークが活性化されている様子がはっきりと分かる]
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さて、みなさん、マジックマッシュルームは知ってますか。
シロシビン、あるいはシロシンという幻覚性の成分を含む不思議なきのこのことで、日本でもヒカゲシビレタケとか、普通にその辺に生えてるかもしれないきのこなんですけど。
2002年に法律で規制されたのですが、それ以前はオランダ産などの乾燥きのこが、渋谷などで普通に買えました。
ビートルズ世代にはおなじみの LSD という強力な幻覚剤があります。
彼らの名曲「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド (Lucy in the Sky with Diamond)」は頭文字が LSD になることで知られたサイケデリック・ソングです。
サイケデリックというと今はファッション的な言葉かもしれないませんが、これはもともとは LSD などの幻覚剤の呼称です。
マジックマッシュルームもサイケデリクスの仲間であり、LSD ほど強力ではないものの、作用はよく似ていると言われます。
サイケデリックという言葉は、「精神を開く」という意味の造語です。
かつてイエローマジックオーケストラが富士フィルムのカセットテープ用に作った「開け心 - 磁性紀のテーマ」という曲の「開け心」も、このサイケデリックの意味しているのでしょう。
ちなみに、この「開け心」という曲は、長らくアルバム未収録でしたが、今は[こちらの CD] にステレオヴァージョンで収録されてるんですね。そのうち聴いてみたいところです。
(テレビCM用のため、モノラルバージョンが存在し、キャンペーングッズとしてプレゼントされたカセットブックに収録されたりしてたんです。この辺の事情については、[こちらのページ]に詳しい情報があります)
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さて、マジックマッシュルームと呼ばれる不思議なきのこに少し話を戻しましょう。
このきのこの持つ、サイケデリクスと呼ばれ、「精神を開く」という、その不思議な効果は一体どんなものなのでしょうか。
その説明をする前にひとつ、おもしろい科学的な研究を紹介しましょう。
[元記事はこちらです]
"Homological scaffolds of brain functional networks" という[この論文]の題名は「脳内の機能的ネットワークの相同場」とでも訳せばいいのでしょうか。
ジョヴァンニ・ペトリ氏というイタリアの数学者が筆頭著者の論文です。
この研究は、fMRI という、リアルタイムに脳の中で何が起こっているかを調べる装置を使って測定したデータを、コンピュータによって視覚化することによって、脳内の様々な領域がどのようなつながりを持っているかを、分かりやすく表示するというものです。
これまでに、脳内の各領域がどのような機能を持つのかについては、かなりの解明がなされてきました。
今、この脳内の個々の領域がどのようなつながりを持って人間の精神的な機能を生み出しているのか、ということに研究の焦点は移ってきており、そうした研究のために、この視覚化の技法を活かそうというわけです。
この研究では、脳内の各領域のつながりの一次的なネットワークではなく、異なる機能を持っている、複数の一次的ネットワーク同士のつながりである二次的ネットワークを視覚化しています。
(ここで一次的ネットワークと言っているものが、この論文で「homological scafold 相同場」と呼ばれるものです)
つまりこれは、ネットワーク同士のネットワークを視覚化して表現するための技法の、応用数学的研究なのです。
そして、この研究のために用いられたのが、マジックマッシュルームの成分であるシロシビンです。
実験では15名の被験者にシロシビンとプラシーボ(偽薬。特に効果のない見せかけだけの薬)を投与し、安静状態の脳を調べたところ、シロシビンを投与されたグループは、通常状態から劇的な変化を示し、普通には見られない遠いネットワーク同士の間に、安定性は低いが多くの一時的なつながりと、数は少ないものの安定したつながりの構造が観察されたというものです。
(冒頭の右の図では、左の図より遥かに多くの、円周から離れた中心近くを横切るつながりが見られます)
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シロシビンの服用後に現れた、それまでには見られなかったつながりの構造、不安定さのために一見でたらめに見えるものの、安定したつながりをも持つ「新たな秩序」には、どんな意味があるのでしょうか。
英国キングス・カレッジ・ロンドンの神経生物学者ポール・エクスパート率いる研究チームは、論文の中で次のように述べている。「このような構造がもつ意味については推測が成り立つ。この脳全体におけるコミュニケーションの拡大が副産物としてもたらす可能性のあるもの、それは共感覚だ」。共感覚とは幻覚体験中によくみられる現象で、色に味覚を感じたり、音に触感を感じたり、匂いに形が見えたりと、異なる種類の感覚が混ざり合うものだ。[以上、参照記事より引用]
共感覚の中では、文字に色を感じるもの、音に色を感じるものが比較的一般的で、ゲーテやニュートンは音と色の対応を論じため、共感覚の持ち主だったのではないかと言われています。
シロシビンが作り出す「新たな秩序」の意味するものは、共感覚だけではないと思われます。
普段は立ち現れないネットワークの構造が脳内に生じることで、共感覚に限らず、人間の意識には様々な劇的な変化が現れるのは間違いありません。
なぜなら、LSD 、シロシビン、そしてある種のサボテンに含まれるメスカリンといった物質を摂取した人たちが、さまざまな経験を報告しているからです。
アメリカのロックバンド、ザ・ドアーズの名がそこから取られたことでも有名なオルダス・ハクスリーの「知覚の扉」 は、1954年に出版されたサイケデリクスの古典ですが、メスカリンによる体験を描いた、今読んでも色褪せない名著です。
その中でハクスリーは、メスカリンによる体験を次のように書いています。
私がいま眼にしているのはおかしな生け花ではなかった。私が見ているのはアダムが創造された日の朝彼が眼にしたもの ----- 一刻一刻の、裸身の存在という奇跡だったのである。(中略)[以上、1950年代生まれの♂さんのページより引用]
〈神の至現〉、〈存在-認識-至福〉 ― これらのおどろおどろしい言葉の言わんとすることを、私は、はじめて言葉の次元でではなく、漠として不完全な暗示によるものでもなく、靴を隔てて痒きを掻くというのでもなく、正確に、完全に、理解した。
ここでハクスリーが〈神の至現〉、〈存在-認識-至福〉と呼んでいるものを、〈悟りの境地〉というふうに言い換えることもできるでしょう。
つまり彼は、メスカリンによる体験を、宗教的な超越体験と同等のものとして経験したのです。
これを「天国の体験」と呼ぶことにしましょう。
一方で彼は、
居心地のよい象徴の世界(日常の世界)に慣れている精神には耐えられないほどの大きなリアリティの圧力にうちひしがれ、崩壊するという恐怖[ティエムさんのページより引用]
を感じたとも書いています。
こちらは「地獄の体験」と言えます。
この天国と地獄という、まさに天地がひっくり返った二つの体験の意味を、どう考えればいいのでしょうか。
ここに、ペトリ氏の論文に書かれた、シロシビンによって「安定性の低い多くの一時的なつながりと、数は少ないものの安定したつながりの構造」が現れたという、脳内の「新たな秩序」の話がヒントを与えてくれます。
サイケデリクスを摂取し、通常とは異なる活性状態に入った脳内のネットワークに、ある安定したつながりが生じると、そのときに例えば「天国」を体験します。
そして、そのときにも、刻々と変化する一時的なつながりの中で、何らかの強い「刺激」が引き金となって、この「天国」の状態が打ち消され、新たな別の状態をもたらし、次に安定するこの状態が、例えば「地獄」の状態として体験されることになる、という仮説が成り立つように思うのです。
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サイケデリクスの経験者の間では、その効果は「セットとセッティングと服用量で決まる」と言われています。
服用量が効果に影響を与えるのは当たり前ですが、初心者はどれだけ採ったらどの程度の効果があるのか、まったく知らないわけですから、このことはしっかり押さえておく必要があります。
また、このことは、こうした薬物を使ってみたいと思っている人にだけ関係するものではありません。
現在では、こうした法規制を受けた薬物だけではなく、法規制を受けていない新しい薬物も、社会に出回るようになっています。
あなたの親しい誰かが、そうした薬物を取らないとも限りませんから、ひとくくりに麻薬といって毛嫌いするのはやめて、そうした薬物にどんな性質があるのかを知っておくことができれば、思わぬ事故を防ぐことができるかもしれないからです。
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サイケデリクスの効果を決める、あともう二つの要素、「セットとセッティング」ですが、これは、そのときの「自分の気持ち=セット」とそのときの「状況の設定=セッティング」を意味します。
このことが重要なのは、人間の意識の状態自体が、この「セットとセッティング」によって大きく左右されるからです。
サイケデリクスを摂るときに、不安な気持ちがあれば、服用後にこれが拡大して現れる可能性が増します。
また、服用時に周りの環境が安心できるものでなければ、これも同様で、思わぬ「地獄」行きとなりかねません。
しかし、いくら「セットとセッティング」を整え、「服用量」を十分注意しても、完全に体験の質をコントロールできるわけではありません。
なにしろ、普段の意識では「つながらないですんでいる」思いもよらないつながりが頭の中で立ち上がってくるのですから、予想もしない恐怖の体験がやってこないとは限らないのです。
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このように、危険と隣り合わせの薬物をあなたは自ら試してみたいと思うでしょうか。
そんなことは露とも思わぬ健全なあなたには、それでも試したいと思う人たちの気持ちは分からないかもしれません。
もちろん中には、「とにかく現実がつまらないから、何か冒険がしたい」という人や、現実に幻滅して逃避のためだけに薬物を使うような人もいます。
けれども中には、修行だけではなかなか得られない宗教的な超越体験や、日常の裏側に隠されているはずの裸のリアリティを求めて、こうした薬物を試してみようとする人たちもいるのです。
もちろん、こうした薬物による一時的な「悟り体験」は、ほんとうの「悟り」とは別なものとして理解すべきです。インスタント悟りとも呼ばれるゆえんです。
とはいえ、薬物が効いている間は強烈な実感がありますし、効果が収まり、日常の状態に戻ったあとも、記憶は残り、一定程度の影響を残しますから、自分が何か「崇高」なものになったような「勘違い」をしやすくもなります。
このとき、坐禅や瞑想といった経験があれば、その「勘違い」を未然に防ぐ役に立ちますし、あるいはサイケデリクスの体験の後に、坐禅や瞑想をすることで、「インスタント悟り」をほんとうの「悟り」に近づけていくこともできます。
ですから、「悟り」の状態を真摯に求めるものが、その状態の実在を自分の体で確かめられるという意味で、この「インスタント悟り」は確かに役に立つと言えるでしょう。
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お釈迦さまとして知られるゴータマ・シッダールタは、長年の厳しい修行を続けた末に、悟りを得ることのできない自分に業を煮やし、もはや悟りを得るまでは立ち上がるまいと、死を覚悟して坐禅を始めました。
今から2600年ほど前の話です。
けれども彼は、悟ることもできず、かといって死ぬまで座り続けることもできずに、衰弱した体のまま立ち上がり、ふらふらと歩きました。
そのとき、村の娘が牛乳がゆを恵んでくれて、シッダールタは気力を取り戻し、再び菩提樹の下で座り、瞑想を始めたのだといいます。
そして彼はついに見性体験をします。
この世界のすべてのつながりを見たのです。
「ブッダ=悟りを得た人」となった彼は、そのとき見た世界の法則を
人は無知ゆえに苦しむ、したがって無知を取り去れば、苦しむことのない境地に至る。そして無知を取り去るためにはこのようにしなさいと、生涯教えを続けたのです。
死を覚悟して座り、衰弱の極地まで至ったシッダールタの脳内の状態は、今までの修行の中では得られなかった、新しい状態になっていたのではないでしょうか。
そして、村の娘に牛乳がゆを与えられることで、人の優しさというものに改めて触れたとき、大きな安心感を感じながら、いつもよりも深くリラックスした気持ちになったのではないでしょうか。
そうして再び瞑想を始めたとき、彼の頭の中では、普段の状態では生じ得ない、遠くのネットワーク同士のつながりが起こり、それまでの修行の中で進んでいた、この世界に対する認識の積み重ねが、ついに雪崩を打って、「悟り」の認識をもたらしたのではないでしょうか。
* * *
以上は、今のところ、ぼく個人の仮説にすぎませんが、瞑想によって実際に脳の働きが変化することは、最近の科学的研究によって徐々に明らかになってきています。
[こちらの記事]によれば、三日間の合宿による集中した瞑想(マインドフルネス瞑想)によって、ストレス耐性に関連する脳内領域が活性化され、実験から四ヶ月後の血液検査でも炎症のレベルが低くなった(免疫力が上がった)という研究結果があります。
また[別の記事]では、八週間の瞑想(マインドフル・ストレス低減プログラム)によって、記憶・自己感覚・共感・ストレスに関連する脳内領域において灰白質の厚さが増したという研究結果が紹介されています。
つまり、瞑想によって、実際に脳内の活性状態は変化し、しかもその変化は一時的なものではなく、脳の構造自体に影響を及ぼすというのです。また、その結果、免疫機能が活性化するといったことも報告されているのです。
こうした研究結果に間違いがなければ、同様の実験を準備し、始めに紹介したペトリ氏の方法で、実験前と実験後の瞑想中の脳内の状態を視覚化することにより、不思議なきのこの主成分であるシロシビンの効果と似た脳内ネットワークの新たな活性状態が、見出される可能性があります。
ヒトの脳はとてつもなく複雑な構築物であり、脳だけで完結しているわけではなく、全身の神経系とつながり、体の全体と情報のやりとりをしています。
ですから、こうした新しい研究も、ヒトの脳の持つ神秘的な機能のほんの氷山の一角をあらわにしているにすぎませんが、こうした研究によって
お釈迦さまが生まれてから2600年が過ぎ、ついにその『悟り』の真実性が明らかになりつつあるといっても言いすぎにはならないでしょう。
しかしながら、このような新しい知見が、人類の平和に直接つながるのかというと、必ずしも楽観はできません。
こうした知見も、生産性の向上といった経済的な動機で使われれば、たちまち新たな搾取につながる可能性があるからです。
つまりは、お釈迦さまの知恵の科学的な結果を、生かすも殺すも、結局はぼくたち一人ひとりの意識次第ということなのです。
一人でも多くの方がこうした新しい知見を知り、その実践を通じて、自分の人生を豊かにするために役立て、まわりの多くの人にも肯定的な影響を与えていくことができるような社会が実現することを願ってやみません。
※ ※ ※
なお、本記事は、日本国内において法律による規制のある薬物の摂取を推奨するものではありません。
また、規制のない諸外国において服用する場合にも、経験のない初心者の方は思わぬ事故を起こすこともありえますので、安易な好奇心からの使用は決しておすすめしません。
それでもなお体験したいという方は、安全のため、経験があり信頼できる人物についてもらっての使用をおすすめします。
ただし、その場合でも、ただ経験があるというだけでは、安全性は保証されません。経験はあっても、十分に信頼できない人物と一緒に使用した場合には、犯罪に巻き込まれる恐れもありますし、思わぬ「地獄」を見ることにならないとも限らないからです。
また、以上のことは、この記事で述べた LSD 、シロシビン、メスカリンだけでなく、マリファナ(大麻)やアヘンなど、他の向精神性の薬物についても同様です。
一度きりの人生をつまらない無謀で台無しにすることのないよう、老婆心ながら、最後に一言書かせていただきました。
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長い記事を最後までお読みいただき、本当にどうもありがとうございました。
それでは、また、どこかでお会いしましょう。
[2016.12.27 西インド・プシュカルにて。那賀乃とし兵衛]
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