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2018年6月22日金曜日

15 フロリンダ・ドナー「シャボノ」 -- アマゾンの奥地・ヤノマミ族の暮らし


ここに翻訳を掲載している「シャボノ」は、アメリカのカリフォルニア大学ロスアンゼルス校で文化人類学を専攻した女性作家フロリンダ・ドナーが、アマゾン奥地の先住民族ヤノマミの暮らしを描いたノンフィクションです。

ドナーは、メキシコの呪術師の世界を描いた「ドン・ファン・シリーズ」で知られるカルロス・カスタネダの呪術師仲間でもあり、この「シャボノ」においても、幻覚性植物の摂取による変性意識体験や、シャーマニズムの奥深い世界観が興味深く語られます。

また、ヤノマミの人々は、NHKの番組から劇場公開された「ヤノマミ~奥アマゾン-原初の森に生きる~-劇場版」でも描かれるように、嬰児殺しの風習をもつことで知られます。

第15回目の今回は、先住民族の少年がシャーマンになるための儀式を行なう様子が描かれます。

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フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第15回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙30枚ほどの分量です]

☆なお、この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第1回〜第14回はこちらです。
[第1回] | [第2回] | [第3回] | [第4回] | [第5回] | [第6回] | [第7回] | [第8回] | [第9回] | [第10回] | [第11回] | [第12回] | [第13回] | [第14回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします]

それでは、どうぞお楽しみください。

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**180**
15

 プリワリウェはアンゲリカの兄だったが、どこに住んでいるのか、ついに分からないままだった。彼が必要になったとき、誰かが彼を呼ぶのだろうか、それとも彼自身がそのことに気づいてやってくるのだろうか、と私は考えた。彼がシャボノに滞在する期間も、何日になるのか、何週間になるのか誰も知らなかった。彼の存在には誰もが安心するような何かがあった。夜にヘクラたちに向かって、邪悪なシャポリの呪いから、仲間たちを守ってくれるように、特に無防備な子どもたちを守ってくれるようにと彼が唱いかけるとき、村の人々の心は落ち着くのだった。
 ある朝、その老シャポリが真っ直ぐエテワの小屋にやってきた。そして空いているハンモックに腰を下ろすと、ナップサックに隠している宝物を見せるように言った。
 隠しているものなんかない、と思わず言いかけたが、私は無言で垂木に結んであるかごを外した。石の一つをくれというのが分かっていたので、それがファン・カリダードのくれた石ではないようにと、私は心から願った。その石こそが私をジャングルに連れてきてくれたのだ、と私は信じていた。プリワリウェがその石を持って行ってしまったら、ミラグロスがやってきて、私を布教所に連れ戻すことになるような気がして、私は不安だった。あるいは何かもっと恐ろしいことが起こるかもしれない。私は無意識のうちに、その石には力があり、私を守ってくれていると信じていたのだ。
**181** 老人はダイアモンドともう一つの石を熱心に見比べた。彼はダイアモンドを日の光にかざした。「この石をもらおう」そう言って、にっこりと笑った。「この石は空の色をしておる」彼はハンモックに寝そべると、二つの石を腹の上に並べた。「さて、ファン・カリダードというシャポリのことを話してもらおうか。この男の現れた夢のすべてが知りたい」
「全部思い出せるか分からないけど」彼の細い、しわだらけの顔と、やせた体を見ながら、私はこの人のことを、自分が憶えているよりもずっと長い間知っているはずだという、おぼろげな感覚にとらわれた。私の視線を受け止める、笑みを湛えた彼の両目を見ていると、馴染み深い優しさにあふれた感覚が体の中に沸き上がってきた。自分のハンモックにくつろいで寝そべると、私は気楽にすらすらと喋り始めた。イティコテリの言葉が分からないところはスペイン語を使った。プリワリウェが気にする様子はなかった。私が話していることの実際の内容よりも、言葉の持つ音とリズムに関心があるように思われた。
 私が話を終えると、老人は噛みタバコの塊を吐き捨てた。タバコはリティミが畑仕事に行く前に用意してくれたものだった。カモシウェもしてくれた女シャーマンの話を、プリワリウェは小さな声で話し始めた。イマアワミは偉大なシャポリであっただけでなく、優れた狩り手であり、勇敢な戦士としても知られていた。敵の村を襲撃するときには、男たちと行動をともにしたのだ。
「鉄砲を持っていたの?」彼女の素性が知りたくて、私は聞いた。初めて聞いたときから、彼女は囚われの白人だったのではないかという考えに、私は取りつかれていた。スペイン人たちがエル・ドラドを求めてやってきた時代に遡る話かもしれないと、私は思った。
「弓と矢を使って戦った」老シャーマンは言った。「彼女の作るマムコリは最高のものだった」
 どんな言葉で質問をしても、イマアワミが実在の人物なのか、神話上の人物なのか、私には確かめることができなかった。**182**シャポリたちは皆、彼女はずっと昔の人間なのだという言い方をした。この老人が私を煙に巻いているわけではないのは確かだった。イティコテリの人たちにとって、過去のすべてがあいまいなのは、ごく普通のことなのだ。

 女たちが夜の食事の支度を終えたあと、広場の真ん中の焚き火の脇に、プリワリウェが座る晩があった。若い者も年寄りも、彼の周りに集まった。彼が発する言葉を一言も聞きもらすまいと、私はいつもできるだけ彼の近くに座った。低く、単調で、鼻にかかった声で、彼は人間の起源について、あるいは、火の、洪水の、そして月と太陽の起源について語った。すでに聞いたことのある物語の場合もあった。けれど、その度に語り直される物語は、いつ聞いても初めて聞くかのようであった。それぞれの語り手が、自分自身の幻視(ビジョン)によって物語に膨らみを与えるためだった。
「本当の創造の神話はいったいどれなの?」ある晩、話を終えたあとのプリワリウェに私は聞いた。その晩の話は、女シャーマンのワイピリショニが、オノトと水を混ぜて血を創ったというものだった。木のような体を持つ兄と妹に、この液体を飲ませることで、彼女は命を吹き込んだのだった。その前の晩の話では、最初の先住民族は、人間に似た存在の脚から生まれ出たのだと、シャポリは語っていた。
 一瞬困惑の面持ちでプリワリウェは私を眺めた。そして彼は言った。「みんな本当の話だ。幾世代にも渡って、何度も人間が創り出されてきたことを、お前は知らんのか?」
 私は驚いて首を左右に振った。彼は私の顔に触れると笑った。「オホー、いまだにお前はこんなに物を知らんのか。よく聞くんだぞ。炎と洪水によって世界が破壊されたすべての時のことについて話してやるからな」

**183** 数日後プリワリウェは、イラマモウェの長男であるショロウェが、シャポリとなる儀式に入ることを宣言した。ショロウェは十七歳か十八歳ほどの若者だった。小柄で華奢な、すばしこそうな体つきで、繊細な作りの顔には、思慮深気で大きすぎるくらいの瞳が光っていた。ショロウェはハンモックを一つだけ持って、彼のために広場に作られた小さな小屋に移った。ヘクラたちは女がいると逃げ出すと考えられていたので、女たちはその小屋に近づくことを許されなかった。ショロウェの母、祖母、姉妹も例外ではなかった。
 まだ女を知らない少年が一人、ショロウェの世話をするために選ばれた。この少年がショロウェの鼻にエペナを吹き込み、焚き火を絶やさないようにするとともに、毎日決まった量の水と蜂蜜を用意するのだった。シャポリになろうとするものは、水と蜂蜜しか口にすることができない。女たちはいつでも、十分な量の焚き木を、シャボノの外に用意しておいたので、少年は遠くまで探しに行く必要はなかった。蜂蜜を用意するのは男たちの役目だった。新しい蜂蜜を求めて森の奥まで入っていくようにと、シャポリは毎日男たちに発破をかけた。
 ショロウェはほとんどの時間を、小屋の中でハンモックに寝そべって過ごした。イラマモウェが小屋の外に置いた、磨き上げられた木の幹に座っていることもあった。地面に直接座ることが、許されなかったからだ。一週間もせずに、ショロウェの顔はエペナのため黒ずんできた。輝いていた瞳も濁り、虚ろな目つきになった。体は汚れてやせ細り、動きは酔っぱらいのようにふらふらとしていた。
 シャボノの中では普段通りの暮らしが続いた。ただし、ショロウェの小屋のそばに住んでいる家族たちは別だった。自分の囲炉裏で肉を焼くことが許されなかったからだ。プリワリウェによれば、ヘクラたちは肉の焼けるにおいを好まず、少しでもその嫌なにおいを嗅ぐと、山に逃げ帰ってしまうということだった。
 弟子のショロウェとともに、プリワリウェも昼夜を問わず、エペナを摂った。疲れを知らぬかのように何時間ものあいだ唱いを続けて、精霊たちにショロウェの小屋に入るようにうながし、ヘクラたちに少年の胸を切って開くようにと呼びかけた。アラスウェやイラマモウェが他の男たちとともに唱いに加わる晩もあった。
**184** ショロウェが、途切れ途切れの震える声で唱いに加わったのは、二週目のことだった。はじめは、アルマジロやバク、ジャガーなど、大きな獣のヘクラの歌だけを唱った。こうしたものは男の性質をもつ精霊であり、呼び寄せることは簡単なのだった。そしてやがて、蛇や蜘蛛、そしてハチドリといった、女の性質をもつ精霊の歌をも唱った。これらはおびき寄せるのが難しいだけでなく、気まぐれで嫉妬深い性質のため、操ることは困難なのだった。
 シャボノのほとんどが寝静まったある夜遅く、私はエテワの小屋の外に座って、男たちが唱いをするのを眺めていた。ショロウェはとても弱っており、男の一人に肩を借りてようやく立っていた。プリワリウェはその周りを踊って回った。「ショロウェ、大きな声で唱え」プリワリウェ老人はうながした。「鳥たちのように、ジャガーたちのように、大きな声で唱うんだ」プリワリウェは踊りながら森の中へ入っていった。「ショロウェ、もっと大きな声で唱え」彼は叫んだ。「世界中のあちこちに潜んでいるヘクラたちがお前の唱いを求めているぞ」
 三日が過ぎた夜、ショロウェの喜びに満ちた声がシャボノに響き渡った。「父さん、父さん、ヘクラたちがやってくるよ。彼らがぶんぶんうなるのが聞こえる。ぼくに向かって踊りながら、ぼくの胸や頭を開こうとしてるよ。ぼくの手の指や足を伝ってやってくるんだ」ショロウェは小屋から走り出し、老シャポリの前にしゃがみ込むと言った。「父さん、父さん、助けて、彼らがぼくの目や鼻の中に入り込んでくるんだ」
 プリワリウェはショロウェが立ち上がるのを助けてやった。二人は広場で踊り始めた。やせ細った二つの影が、月明かりに照らされた地面の上を舞い踊った。数時間後、絶望の叫び、パニック状態の子どもの悲鳴が暁をつんざいた。「父さん、父さん、今日からはぼくの小屋に女を近づけないでおくれよ」
**185**「みんながああ言うんだから」ハンモックから出てきながら、リティミが小声で言った。彼女は囲炉裏に焚き木をくべると、プランテンをいくつか熱い熾き火の下に埋めた。「エテワがシャポリの儀式を受けることを決めたときにはね、私はもう彼と一緒に暮らしてたんだ」彼女は言った。「それで、彼がプリワリウェに、自分のそばに女が来ないようにしてくれと頼んだ晩には、彼の小屋に行ってヘクラたちを追い出してやったわ」
「どうしてそんなことをしたの?」
「エテワのお母さんがそう仕向けたのよ」リティミは言った。「お母さんは彼が死んじゃうんじゃないかって心配だったの。それにエテワが女好きなのもよく知ってたから、彼が偉大なシャポリになれないのも分かってたのよ」リティミは私のハンモックに腰を下ろした。「全部話してあげる」彼女は私に体をくっつけて横になると、小声で話を続けた。「ヘクラたちがエテワの胸に入った夜のことだけど、今晩のショロウェと同じで、彼も叫び声を上げてたわ。そんなことをやらせるのは、女のヘクラなんだけどね。エテワはその晩、痛々しい声を上げて泣いてたのよ、邪悪な女が小屋の近くを通っていったとか叫んだりしてね。彼が、ヘクラたちは行ってしまったって言うのを聞いて、私だってすごく悲しかったんだから」
「エテワは自分の小屋に入ったのがあなだたって気づいたの?」
「いいえ」リティミは言った。「誰も私の姿は見てないわ。プリワリウェはひょっとして気づいてたかもしれないけど、何も言わなかった。彼にもエテワが偉大なシャポリになれないのは分かってたのよ」
「じゃあ、どうして、わざわざシャポリになる儀式を受けたの?」
「どんな男にだって、偉大なシャポリになれる可能性はあるからね」リティミが頭を私の腕の上に休めた。「あの夜遅くまで、たくさんの男たちが、ヘクラたちが戻るように唱いを続けたわ。でも精霊たちは戻ろうとしなかった。エテワが女に汚されたことも一つの理由だけど、ヘクラたちにとって、エテワはよい父親になれそうもなかったってことなのよ」
「女と寝ることで男が汚れるのはどうしてなの?」
**186**「シャポリだって寝るけどね」リティミは言った。「私にもどうしてかは分からない。シャポリも他の男たちと同じように寝るのを楽しんでるし。女といっぱい寝る男を妬んで嫌うのは、女のヘクラだとは思うよ」リティミは説明を続け、性的に盛んな男は、エペナを摂ったり、精霊に唱いを捧げる気持ちが弱いのだと言った。男の精霊の場合は、女の精霊のような執着がない。狩りや襲撃の前とあとに、幻覚性の嗅ぎ薬を摂るだけで、彼らは満足なのだ。「私は自分の夫は、よいシャポリじゃなくていいから、よい狩り手で、よい戦士であってほしいな」彼女はそう打ち明けた。「シャポリはあんまり女を好まないから」
「イラマモウェはどうなの?」私は聞いた。「彼は偉大なシャポリでしょ。でも二人の妻がいるじゃない」
「オホー、まったくあなたはもの知らずね。一から説明してあげなくちゃならないんだから」リティミは笑った。「イラマモウェは自分の二人の奥さんとはあまり寝ないのよ。彼の一番下の弟は、自分の女はいないんだけど、奥さんの片方と寝てるわ」リティミは辺りを見回して、立ち聞きしている人間がいないことを確かめた。「イラマモウェが一人でよく森に行くことは知ってる?」
 私はうなずいた。「でも、他の男たちもすることじゃない」
「他の女たちもね」リティミは私を真似て、わざとおかしな発音をした。イティコテリの鼻にかかった子音を正確に真似るのは、私にはとても難しかった。あの鼻にかかった音は、いつもタバコの塊を噛んでいるせいに違いないと私は思っていた。「でも、私が言いたいのは、そのことじゃないの」彼女は言った。「イラマモウェは偉大なシャポリなら誰もが求めるものを見つけるために森に入っていくのよ」
「それって何なの?」
「雷の住む処まで旅をする力、そして、太陽のもとまで旅をして、生きて帰ってくる力よ」
「イラマモウェが森で女と寝てるのを見たことがあるわ」私は打ち明けた。
 リティミは静かに笑った。「とっても大事な秘密を教えてあげる」彼女は囁いた。「イラマモウェはシャポリのやり方で女と寝るの。彼は女からエネルギーをもらうんだけど、代わりに何かを与えたりはしないのよ」
「彼と寝たことがあるの?」
 リティミはうなずいた。けれど、私がいくら求めても、それ以上の説明はしてくれなかった。
**187** そして一週間が経った。ショロウェの母、姉妹、叔母やいとこたちが、小屋の中ですすり泣き始めた。「老シャポリよ」母は叫んだ。「息子にはもう力がありません。飢えで息子を殺す気ですか。眠ることを許さずに殺すつもりですか。どうか息子を置いてお帰りください」
 歳経たシャポリは、女たちの泣き声にも動じることはなかった。あくる日の夕方、イラマモウェはエペナを摂り、息子の小屋の前で踊った。空中に高らかに跳んだかと思うと、地面に四つん這いになり、二つの動作を繰り返しながら、ジャガーの凶暴な唸り声を真似た。急に動きを止めると、その目は正面のどこかをしっかりと見据えて、地面に座り込んだ。「女よ、女たちよ、嘆くことはない」鼻にかかる大きな声で、彼は叫んだ。「あと幾日かの間、ショロウェは食べることなく過ごすのだ。体は弱って見えるだろう。動きはよろよろとしているだろう。そして、眠りについてうめき声を上げることもあろうが、決して死にはせん」イラマモウェは立ち上がると、プリワリウェのところへ行き、自分にさらにエペナを吹き込むように頼んだ。そして、もといた場所に戻って、また座り込んだ。
「よく聞いて」リティミが私に言った。「イラマモウェは、シャポリになる儀式のときに太陽まで旅をした、数少ない男の一人なの。彼は他の男たちの初めての旅を何度も導いてきたわ。彼は二つの声を持っている。一つはあなたもさっき聞いたばかりの彼自身の声。もう一つは彼のヘクラの声よ」
 今やイラマモウェの言葉は、胸の奥から溢れだし、深い谷へと落ちていく無数の石のような勢いだった。それぞれの小屋に集まっている人々の沈黙の中へと、彼の言葉は転がり込んでいった。煙と予感が重々しく垂れ込める空気の中で、人々は寄り添い合い、息一つしていないかのように静まり返っていた。イラマモウェの中に住むヘクラが何を言い出すのか、シャポリになる儀式の、神秘の世界の中でいったい何が起こるのか、人々は期待に目をぎらぎらさせながら待ち構えていた。
「息子は地の底深く旅をして、いくつもの静寂の洞窟の中で、灼熱の炎に焼かれたのだ」轟くようなヘクラの声で、イラマモウェは語った。「ヘクラの目に導かれて、暗闇のなか蜘蛛の巣を振り払い、川を渡り、山を越えて彼は旅した。ヘクラたちに鳥の歌、魚の歌、蛇や蜘蛛、猿やジャガーの歌を教えられながらな。
**188**「彼の目はくぼみ、頬もこけたが、まだまだ力は残っている。静かに燃える洞窟へと降りていき、森の霧を越えて旅する者たちは、その胸のうちに、自らのヘクラを住まわせて戻ってくるのだ。この者たちは、太陽のもとへと、すなわち、空のヘクラたち、我が兄弟姉妹たちの輝く小屋へと導かれていく運命を持つ者たちなのだ。
「女よ、女たちよ、彼の名を叫ぶのはやめよ。彼に旅を続けさせてやるのだ。母や姉妹たちのもとから旅立たせてやるのだ。そうすれば彼は、光の世界にまで行き着くことになろう。そこは闇の世界よりも、なお一層力を消耗する場所なのだ」
 呪文にかけられたように、私はイラマモウェの声に聞き入った。誰も話さず、誰も動かず、誰もが彼の姿だけを見ていた。息子の小屋の前で身動き一つしない彼の姿を。言葉を区切るごとに、彼の声は、力強く、さらに高い調子になっていった。
「女よ、女たちよ、嘆くのはやめよ。旅の途中で彼は、霧の垂れ込める長い夜にも負けない者たちと出会うだろう。旅で遭遇するどんな出来事にも恐れを抱かない者たちとも出会うだろう。体を焼かれ、切り刻まれた者たちや、骨を抜かれ、暑い太陽の日射しでからからに干された者たちにも出会うだろう。そして、太陽へ向かう旅路においても雲の中に落ちることのない者たちに出会うだろう。
「女よ、女たちよ、彼の釣り合いを乱してはならん。息子は今や旅の最後の段階へと来たのだ。暗い彼の顔を見てはならん。落ち窪んで光の消えた彼の目を見てはならん。彼は孤高の男になる定めの者なのだから」イラマモウェは立ち上がった。そしてプリワリウェとともにショロウェの小屋に入ると、夜を通してヘクラたちに、静かに唱いを捧げ続けた。
**189** それから数日後のことである。幾週にも渡るシャポリになるための儀式の間ショロウェの世話をしてきた若者が、温かいお湯でショロウェの体を洗い、香り高い木の葉を使って水気を払ってやった。そして若者は、炭とオノトを混ぜ合わせたもので、ショロウェの体に模様を描いた。額から両の頬を通って肩までは、波打つ線が数本描かれ、体の残りの部分は、かかとに至るまで均等に、水玉模様が描かれた。
 しばらくの間ショロウェは、広場の真ん中に立ち尽くしていた。落ち窪んだその目は、深い憂いをたたえ、哀しげな光を放っていた。自分がそれまでの人間ではなくなってしまい、ただの影にしかすぎないことにたった今気づいたばかり、とでもいうように見えた。しかし同時に、彼の周りには以前にはなかった力強い気が感じられもした。自分が新しく身につけた知恵と経験に対する確信のほうが、過去の記憶を上回っているかのようだった。プリワリウェが静かに、ショロウェを連れて森へと入っていった。

[続く]

2018年2月15日木曜日

14 フロリンダ・ドナー「シャボノ」 -- アマゾンの奥地・ヤノマミ族の暮らし


ここに翻訳を掲載している「シャボノ」は、アメリカのカリフォルニア大学ロスアンゼルス校で文化人類学を専攻した女性作家フロリンダ・ドナーが、アマゾン奥地の先住民族ヤノマミの暮らしを描いたノンフィクションです。

ドナーは、メキシコの呪術師の世界を描いた「ドン・ファン・シリーズ」で知られるカルロス・カスタネダの呪術師仲間でもあり、この「シャボノ」においても、幻覚性植物の摂取による変性意識体験や、シャーマニズムの奥深い世界観が興味深く語られます。

また、ヤノマミの人々は、NHKの番組から劇場公開された「ヤノマミ~奥アマゾン-原初の森に生きる~-劇場版」でも描かれるように、嬰児殺しの風習をもつことで知られます。

第14回目の今回は、作者が幻覚性の物質エペナを摂り、精霊の世界を垣間見る場面が描かれます。

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フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第14回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙35枚ほどの分量です]

☆なお、この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第1回〜第13回はこちらです。
[第1回] | [第2回] | [第3回] | [第4回] | [第5回] | [第6回] | [第7回] | [第8回] | [第9回] | [第10回] | [第11回] | [第12回] | [第13回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします]

それでは、どうぞお楽しみください。

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**167**
第4部

14

私が聞いた話では、女はエペナの儀式に関しては、どんな部分にも関わりを持たないということだった。エペナの準備に関わることもないし、その幻覚性の嗅ぎ薬を摂ることも許されなかった。エペナの粉を吹くときに使う篠竹の筒にしても、男が特別にそれを取るように頼んだ場合以外は、それに触れることすら礼儀に適わないこととされていた。
ある朝のこと、リティミが囲炉裏に身を屈め、熱心に様子を見ながら、熾き火の上で赤褐色のエペナの種を乾かしていのを見かけて、私はとても驚いた。私が見ていることに気がつかないかのように、リティミは次の手順に進み、木の皮の灰を乗せた大きな葉っぱの上で、乾かした種を手のひらに挟んで揉み始めた。エテワがやるときと同じく、自信に満ちた手際の良さで、時折り種と灰の上に唾を吐きかけながら、柔らかく均質な塊になるまでそれをこね上げた。
種と灰が混ざり合った生地を、熱した土器のかけらの上に移しながら、リティミは私を見た。リティミの笑顔には、私の驚きを彼女がどれだけ面白がっているかがはっきりと表れていた。
「オホーー、強いエペナができるぞ」素焼きのかけらの上で、大きな音ではじけながら割れていく幻覚性の生地に視線を戻しながら、リティミは言った。どんどん乾いていく生地を、滑らかな石で押しつぶしていく。すべてがきめ細かな粉となり、そこには素焼きのかけらの粉も一緒に混ぜ込まれていた。
**168**「女もエペナの準備の仕方を知ってるとは思わなかったな」私は言った。
「女は何だってできるの」リティミはそう言うと、茶色っぽい粉を細長い竹の器に注ぎ入れた。
リティミが私の好奇心に答えてくれるのを、しばらく待ったが無駄だったので、私は結局たずねた。「どうしてエペナの準備をしてるの?」
「私が上手にエペナを作るって、エテワは知ってるから」彼女は誇らしげに答えた。「狩りから戻ったときに、エペナが少し用意されてると、彼、喜ぶんだ」
ここ数日、私たちは魚しか食べていなかった。エテワは狩りに行く気分ではなかったので、他の男たちとともに小さな流れをせき止め、アヨリトトのつるを切って潰したものを水の中に入れた。水は白濁して牛乳のような色になる。あとは、息を詰まらせて浮いてきた魚を、女たちがかごいっぱいに詰めるだけだった。けれども、イティコテリの人たちは魚があまり好きではないので、じきに女や子どもたちが、肉がないことに不満を言い始めた。エテワと男たちが森に入っていってから、二日が経っていた。
「エテワが今日戻るってどうして分かるの?」そう聞いてから、リティミが答える前に、あわてて私は言い足した。「足で感じるのよね?」
笑顔を見せながらリティミは細く長い筒を取り、何度も繰り返してそれを吹いた。「こうやってきれいにするの」そう言いながら、彼女はいたずらっぽく目を輝かせた。
「エペナを使ったことはあるの?」
リティミはこちらに近づいて耳元で囁いた。「あるよ。でも全然よくなかった。ただ頭が痛くなっただけで」彼女は周りをこっそり見回すと言った。「少し試してみる?」
「頭痛はやだな」
「あなたの場合は違うかもよ」そう言うと、リティミは何気ない様子で竹の器と篠竹の筒を籠に入れて立ち上がった。「川に行きましょう。エペナがうまくできたか試してみたいの」
**169** 私たちは堤に沿って、イティコテリが普段水浴びや水汲みに使う場所よりずっと遠くまで歩いた。私はリティミの正面にしゃがんだ。リティミは筒の片方の端から、少量のエペナを慎重に入れていった。人差し指で軽く筒をはじき、エペナの粉が筒全体に広がるようにしていた。私は脇腹を汗が流れ落ちるのを感じた。ドラッグを使ったといえる経験は、三本の親知らずを抜くために麻酔をかけられたときしかなかった。そのときの私は、薬が引き起こす恐ろしい幻覚に耐えるより、歯を抜く痛みを我慢したほうがましかもしれないと思ったのだった。
「頭を少し上げて」リティミはそう言うと、細長い筒を私に向けた。「ラシャの実が先についてるでしょ。それを鼻の穴に当てるの」
私はうなずいた。筒の先にラシャ椰子の実がヤニでしっかりと取り付けられている。実は中がくり抜かれ空洞になり、小さな穴が開けられている。その穴が自分の鼻に収まるように、私は筒をあてがった。長くて折れそうな筒のなめらかな表面に、私は手を滑らせてみた。空気が圧縮されて筒の中を駆け抜ける鋭い音がした。力を抜いて身を任せたが、突き刺すような痛みが、頭のてっぺんまでつら抜いた。「なんなの、これ!」私は呻きながら、頭のてっぺんを手のひらで叩いた。
「じゃあ、もう一発」リティミは笑いながら、筒を私の左の鼻の穴に当てた。
血を流しているのではないかと思ったが、鼻と口から止めどなくが流れ出ているのは、鼻水とよだれだけだとリティミは受け合った。手で拭ってきれいにしたかったが、重たすぎて手を持ち上げることができなかった。
「もっと楽しめばいいのに。おへそまでべとべとだからって構いやしないじゃない」私が何とかきれいにしようとするぎこちない動作を見て、リティミは笑った。「あとで川で洗ってあげるから」
**170**「何を楽しめっていうの?」私はそう言った。体中の毛穴から汗が吹き出し始めていた。気持ちが悪くなり、手足が妙に重かった。赤と黄色の水玉が、視界の至るところで輝いていた。リティミは何がそんなに面白いんだろうと私は思った。自分の頭の中から湧き起こってきているかのように、彼女の笑い声が耳の中に響き渡った。「あなたの鼻にも吹いてあげる」私は言ってみた。
「それはだめ。私はあなたを見てなくちゃ」彼女は言った。「二人とも頭が痛くなって終わりってわけにはいかないから」
「このエペナってやつは、頭痛以上の何かをくれるはずよね」私は言った。「もう少し私の鼻に吹いてよ。ヘクラが見たいの」
「ヘクラは女には来ないけどね」リティミは大笑いの合間にそう言うと、私の鼻に筒を当てた。「でも、あなたが唱いをしたら、ひょっとして来るかもね」
エペナのひと粒ひと粒が、鼻の穴の中を通り抜け、頭のてっぺんの骨にぶつかって爆発するのが感じられた。心地良い気だるさが、ゆっくりと体の中に拡がっていった。私は視線を川面に落とした。その深みから、神秘的な生き物が現れても何も不思議はないような気がした。水面のさざ波が大きな波となって、前に後ろにとしぶきを上げた。その余りの勢いに、私は四つん這いになって後ずさった。水が私を捉えようとしているのだと、私は思った。視線をリティミに向けると、その顔に警戒の色を浮かべているので、私は不思議に思った。
「どうしたの?」私は聞いた。リティミの視線を追ううちに、私の声は小さくなって途切れた。エテワとイラマモウェが私たちの真ん前に立っている。私はやっとの思いで立ち上がると、二人に触れ、自分が幻覚を見ているわけではないことを確かめた。
二人は背中にしょっていた大きな包みを下ろすと、後ろに立つ他の狩人たちにそれを渡した。「シャボノへ肉を運んでおけ」イラマモウェはきつい調子で、そう言った。
エテワとイラマモウェがほんの少ししか肉を食べないだろうことを思うと、私は悲しみで一杯になり、涙がこぼれた。狩人は自分が仕留めた獲物の大半を周りの者に与えてしまう。意地汚さの烙印を押されるよりは、空腹に耐えるほうがましなのだ。「私の分はあなたにあげる」私はエテワに言った。「肉より魚のほうが好きだもん」
**171**「どうしてエペナを摂ったんだ?」声は厳しかったが、エテワは面白がって目を輝かせていた。
「リティミがうまく粉を準備できたか、試してみる必要があってね」私は口ごもりながら言った。「強さが足りないわ。ヘクラが見えないもの」
「いや、十分強いさ」エテワが言い返した。私の両肩に手をかけると、自分の正面に私をしゃがませた。「種から作ったエペナは、木の皮から作ったものより強いからな」彼は嗅ぎ薬を筒に詰めた。「リティミの息じゃ力が足りなかったんだ」悪魔のような笑みで顔にしわを寄せると、筒を私の鼻に当て、一吹きした。
私は頭を抱えて後ろにひっくり返った。頭の中をイラマモウェとエテワの吠えるような笑い声が響き渡った。私はゆっくりと立ち上がった。地面に足がついている気がしなかった。
「白い娘よ、踊るんだ」イラマモウェがうながした。「お前の唱いでヘクラたちが誘い出せるか試してみろ」
彼の言葉に導かれて、私は両腕を広げて踊り始めた。男たちがエペナを摂って踊るときの、粗野で素早い、小さめの足取りだった。
イラマモウェのヘクラの歌の中の一つの、調べと言葉が頭の中を駆け抜けていった。

何日も何日も、
ハチドリのヘクラを呼んだ。
ついに彼女はやってきた。
彼女の踊りに目が眩んで
おれは地面に倒れた。
おれは何も感じなかった、
のどを裂かれるのも、
舌を抜かれるのも。
おれは見ることもできなかった、
おれの血が川に流れて、
水を赤く染めるところも。
彼女は大切な羽毛で傷口を満たしてくれた。
それでおれはヘクラの歌を知っている。
それでおれはこんなに上手に歌える。
**172**
エテワが私を川の際まで連れていき、顔と胸に水をかけた。「イラマモウェの歌はやめろ」彼は言った。「彼の怒りに触れるぞ。魔法の植物で呪われちまう」
彼に言われる通りにしたかったが、イラマモウェのヘクラの歌をやめることはできなかった。
「やめろって言ってるだろ」エテワは頼み込むように言った。「イラマモウェはお前の耳を聞こえなくしちまうぞ。目からは血が流れることになるぞ」エテワはイラマモウェに向き直った。「白い娘を呪わないでくれ」
「呪ったりせん」イラマモウェは受け合った。「この娘に腹など立てておらん。我々のやり方がまだ分かってないというだけのことだからな」彼は私の顔を両手でつかむと、自分の目を私に見させた。「この娘の瞳の中でヘクラたちが踊っておるわい」
太陽の光りに照らされて、イラマモウェの目は、黒と言うより、明るい蜂蜜の色をしていた。「あなたの目の中にもヘクラたちがいるのが見える」そう言って私は、彼の黒目の上で踊る黄色い小さなものをしっかりと見た。彼の顔からは、今までに感じたことのない優しさが放たれていた。彼の名前がどうして「ジャガーの目」なのかがやっと分かったと言おうとしているうちに、私は彼に向かって崩折れてしまった。誰かが抱えて運んでくれたのを、ぼんやりと覚えている。自分のハンモックに運び込まれるやいなや、私は深い眠りに落ち、そのまま翌日になるまで眠り続けた。

**173** アラスウェとイラマモウェ、それにカモシウェ老人がエテワの小屋に集まってきた。私は不安を感じながら三人の顔をうかがった。三人ともオノトで模様を描き、穴を開けた耳たぶには羽根で飾られた短い篠竹の筒を挿していた。リティミがやってきてハンモックの中、私の隣に腰を下ろしたので、男たちの怒りから私を守るためにきてくれたに違いないと私は思った。男たちが口を開く前に、私はエペナを摂ったことについて言い訳し始めた。速く喋ればしゃべるほど、安心できた。言葉を淀みなく話し続けることが、男たちの怒りを収める一番の方法に思えたのだ。
アラスウェがとうとう、私の辻褄の合わないお喋りに口をはさんだ。「早口すぎて、何を言ってるのか分からん」
彼の口調があまりにも優しいので、私は拍子抜けした。それが私が喋ったからでないことは明らかだった。他の二人の様子を見たが、その顔からは漠然とした好奇心の他には何も読み取れなかった。私はリティミに体を寄せながら、小声で聞いた。「怒ってないんなら、どうして皆この小屋に来たの?」
「さあ?」彼女も小声で答えた。
「白い娘よ、昨日以前にも、ヘクラを見たことがあるのかな」アラスウェが聞いた。
「ヘクラを見たことは一度もないわ」私は慌てて否定した。「昨日も見てないし」
「だがイラマモウェは、お前の中にヘクラたちを見たのだ」アラスウェは言った。「彼は昨晩エペナを摂った。彼の胸に住むヘクラが言ったそうだ。ヘクラ自身がお前に歌を教えたのだとな」
「イラマモウェの歌なら、何度も聞いてたから憶えてたのよ」私は叫びださんばかりの気持ちだった。「彼のヘクラがどうやって教えたっていうの? 精霊は女のところには来ないんでしょう?」
「お前はイティコテリの女には見えん」カモシウェ老人はそう言うと、まるで初めて見るかのような目で、私に見入った。「ヘクラたちは簡単に間違える」彼は口の端からしたたる噛みタバコの汁を手で拭った。「ヘクラたちが女のところへ来ていた時代もあった」
「信じてちょうだい」私はイラマモウェに言った。「あなたの歌を知ってたのは、何度も何度もあなたが歌うのを聞いてたからなんだって」
「だが、おれは小さな声で歌う」イラマモウェはそう言って反論した。「本当に憶えているというのなら、今歌ってみるがいい」
これで、エペナの件に片がつくならと思い、私は歌の調べを口ずさんだ。まったく困ったことに、言葉の方は思い出すことはできなかった。
**174**「ほら見ろ」イラマモウェは勝ち誇ったように大きな声で言った。「おれのヘクラがお前に教えたんだ。だからおれは昨日、お前に対して腹を立てたりしなかった。お前の目や耳を潰したり、燃え盛る棒でお前をぶん殴ったりしなかったのも、それが理由だ」
「確かにそうね」私はそう言って作り笑いをしたが、内心は震えていた。短気で復讐心が強く、残忍な仕打ちをすることで、イラマモウェは知られていたからだ。
カモシウェ老人は噛みタバコの塊を地面に吐き捨てると、ちょうど頭の上にぶら下げてあったバナナに手を伸ばした。そして皮をむくと丸ごと口に頬張った。「ずいぶん昔のことだが、女のシャポリがおった」バナナを口に入れたまま、彼はもごもごと話し始めた。「名前はイマアワミと言った。お前のように白い肌をしておってな。背は高く力も強かった。エペナを摂ってヘクラたちに唱うこともした。痛みをマッサージで消し、病を吸い取る術も心得ていた。子どもらの迷い出した魂を探し、敵のシャーマンの呪いを解くことにかけては、彼女に敵うものはいなかった」
「白い娘よ、答えてくれ」アラスウェが言った。「ここに来る前からシャポリを知ってたのかね。お前はシャポリに教わったことがあるのか」
「シャーマンは何人か知ってるわ」私は答えた。「けど、何も教わったことはない」布教所に着くまでに、どんなことをしていたのかを、私は事細かに説明した。ドーニャ・メルセデスについて話し、彼女と患者とのやり取りに立ち会い、記録することを許してもらったことも説明した。「ドーニャ・メルセデスが降霊会に参加させてくれたことがあったの」私は言った。「私が霊媒になれるんじゃないかってね。彼女の家にいろいろな場所から治療師が集まってきてた。皆で輪になって座って、唱いをしながら精霊が降りてくるのを待っていた。ずいぶん長い間だったな」
「エペナは摂っていたのかな」イラマモウェが聞いた。
「いいえ。太くてでっかい葉巻を吸ってたの」そう言って私は、もう少しで思い出し笑いをしそうになった。
**175** ドーニャ・ソレダードの部屋にいたのは十人で、やぎの毛皮でおおわれた、背のない小さな椅子に、誰もが身動き一つせずに座っていた。とり憑かれたような熱心さで私たちは葉巻を吹かした。部屋は煙でいっぱいになり、互いの姿が見えないほどだった。私は何とかトランス状態に入ろうとして、気持ちが悪くなりかけていた。すると、治療師の一人が私に部屋を出るように言った。私が部屋にいる限り、精霊は来ないだろうというのだ。
「お前が出ていったあとで、ヘクラたちは来たのかね」イラマモウェが訊ねた。
「ええ」私は言った。「翌日ドーニャ・メルセデスが話してくれたことでは、精霊たちは治療師のそれぞれの頭の中に降りてきたそうよ」
「奇妙なことだ」イラマモウェは呟いた。「しかし、その女の家で過ごしたからには、たくさんのことを学んだに違いない」
「精霊に捧げるお祈りや唱いは習ったわ。それから、患者さんの治療に使う、野草や木の根の種類についてもね」私は言った。「でも、精霊と交信するやり方や、治療の仕方は全然習ってない」私は男たちの顔を眺めた。エテワだけが微笑んでくれた。「彼女の言うには、治療を学ぶための唯ひとつの方法は、実践することだけだってね」
「治療を始めたのか」老カモシウェが聞いた。
「いいえ。ドーニャ・メルセデスは私にジャングルに行くようにすすめたの」
四人の男たちは互いに顔を見合った。そしてゆっくりと私の方を向くと、ほとんど同時に言った。「お前はシャーマンについて学ぶためにここに来たのか」
「違うわ!」私は大声で言った。それから抑えた調子で付け加えた。「私はアンゲリカの灰を運ぶために来たの」そして慎重に言葉を選びながら、自分の職業がどんなものなのかについて説明した。それは、シャーマンも含めて、人々の生き方を調べることが目的なのであって、私が何かになりたいから調べているわけではない。シャーマンに関わる伝統的あり方の多様性について、それぞれの共通点と相違点を明らかにしたいのだということを。
「ドーニャ・メルセデス以外のシャポリと過ごしたこともあるのかな」カモシウェ老人が聞いた。
私は男たちに何年か前に出会った老人ファン・カリダードのことを話した。私は立ち上がると垂木のところに行き、そこに結びつけてあるかごからナップサックを取り出した。ナップサックの横のポケットはジッパーで開閉するようになっており、それが風変わりな鍵の役目を果たし、女たちの好奇心から守るには都合のよい保管場所になっていた。私はそこから小さな革のポーチを取り出すと、その中身をすべてアラスウェの手の中に空けた。石が一つと、真珠が一つ、そしてバース氏にもらったダイアモンドの原石とを、彼はいぶかしげに眺めた。
「この石は」私はそう言って、アラスウェの手から石を取った。「ファン・カリダードがくれたものなの」石は深みのある金色をしており、すべすべとしているその表面を私は撫でた。私の手にぴったりと収まる大きさだった。楕円形をしており、片方の面は平らで、もう一方の面は丸く盛り上がっていた。
「その男のところで、ドーニャ・メルセデスのときと同じようなことをしてたのか」アラスウェが聞いた。
「いいえ。彼のところには長くはいなかった」私は言った。「怖かったの」
「怖かった? お前は恐れなど知らんのかと思っていたぞ」カモシウェ老人が大きな声で言った。
「ファン・カリダードは実に恐ろしい男だった」私は言った。「彼は私に奇妙な夢を見させて、しかもいつもその中に彼が現れるの。そして朝になると、夢の内容を事細かに私に話して聞かせるのよ」
男たちは互いに顔を見合わせて、なるほどと言うようにうなずき合った。「なんとも強力なシャポリじゃな」カモシウェが言った。「お前に一体どんな夢を見させた?」
私は男たちに一番恐ろしかった夢の話をした。夢はある場面までは、私が五歳の時に起きたことの正確な再現だった。家族で海辺に行った帰り道、父が真っすぐ家に帰るのではなく、森を通って蘭を探そうと思い立った。浅い川の岸辺で車を止めると、父と私の兄弟は薮に入っていった。**177**母は蛇と蚊を嫌って車内に残った。姉が強く誘ったので、私は姉と一緒に岸に沿って、浅い水の中を歩いた。姉は私より十歳年上で、背は高く、痩せていた。カールした短い髪は、日に焼けて色が抜け、ほとんど白く見えた。目の色は、髪がブロンドの場合には普通は青か緑なのに、濃い茶色をしていた。姉は流れの中ほどにしゃがむと、その足元の水を見るように言った。私は戸惑いながら、水が血で赤く染まるのを見た。「怪我をしたの?」私は聞いた。彼女は答えずに立ち上がり、微笑みながら私においでおいでをした。私は怖くなり、水の中に立ちすくんだまま、姉が向こう岸に上がるのを見ていた。
夢の中でも、私は同じ恐怖を感じたが、自分はもう大人なんだから何も怖がることはないのだと言い聞かせた。そして、姉のあとを追って向こう岸の急な堤を登ろうとしたとき、ファン・カリダードの声が、水の中に留まれと言っているのが聞こえてきたのだ。「彼女は死者の国からお前を呼んでいるんだぞ」彼は言った。「彼女が死んだのを忘れたのか?」
どうして私の夢に現れることができたのか、そしてどうして私の姉が飛行機事故で死んだことを知っていたのかについては、どれだけ頼んでもファン・カリダードは決して話そうとしなかった。自分の家族について話したことはなかったし、彼が私について知っていることといえば、ロサンゼルスから治療の実践について学びに来たということだけなのだった。
私のことをよく知っている誰かと知り合いなのではないかと仄めかしても、ファン・カリダードは怒ったりしなかった。私が何を言おうと、どんなふうに彼を責めようと、一旦沈黙を守ると決めたことについては、決して話はしないのだということを彼は繰り返した。そして彼はもう家に帰れと私に言った。
「なぜその石をお前にくれたんだ?」カモシウェ老人が聞いた。
「黒っぽい点々と、表面で交差している透き通った筋が何本もあるでしょ?」私はそう言って、カモシウェの一つだけの目に石を近づけた。「ファン・カリダードが言うには、森の木々と川を表してるんだって。石に現れていることによれば、私は長く森で過ごすことになるだろうから、災難よけのお守りにこれを持っていくようにって」
**178** 男たち四人は長いこと何も言わなかった。アラスウェがダイアモンドの原石と真珠を私に渡した。「この二つについても話してくれ」
バース氏が布教所でくれたダイアモンドのことを、私はまず話した。
「で、これは?」カモシウェ老人が、私の手のひらから小さな真珠をつまみ上げて聞いた。「こんなに丸い石は今まで見たことがない」
「それは長いあいだ持っててね」私は言った。
「ファン・カリダードがくれた石より?」リティミが聞いた。
「ええ、ずっと長くね」私は答えた。「その真珠もある老人がくれたものなの。友だちと一緒に休みにマルゲリータ島に行ったときのことなんだけど。私たちが船を降りると、漁師のおじいさんが私に向かって歩いてきて、その真珠を私に握らせて、言ったの。『こいつはお前が生まれたときからお前のものなんだ。お前がなくしてしまったのを、おれが海の底から拾っておいてやったのさ』って」
「それから、何が起こった?」アラスウェが待ちきれずに聞いた。
「別に何も」私は言った。「私、びっくりしちゃって、気がついたときには、もうそのおじいさんはいなかった」
カモシウェは手のひらの上で真珠を前に後ろに転がしていた。真珠は元からそこにあったとでもいうように、カモシウェの黒くて堅くなった手のひらに馴染み、不思議なほどに美しく見えた。「あなたにあげるわ」私はカモシウェに言った。
にっこり笑いながら、彼は私を見た。「実に気に入ったぞ」彼は真珠を太陽にかざした。「何とも美しい。この石の中には雲がある。お前にこの石をくれた老人はわしに似とったかな」ほかの三人と小屋を出ていきながら、彼はそう聞いた。
「あなたみたいに歳を取ってたわ」私がそう言ったときには、彼は自分の小屋の方を向いていた。私の言葉はもう聞いていないようだった。カモシウェ老人は、真珠を頭の上高くに掲げながら、広場を浮き浮きと歩いていった。

  *   *   *

**179** その後、私がエペナを摂ったことについては、誰も一言も口にすることはなかった。ただ、男たちが夕暮れ時、小屋の外に集まってその幻覚性の粉を吸い込むときに、時として若者が冗談めかして叫ぶことがあった。「白い娘よ、おれたちはお前の踊りが見たいんだ。お前がイラマモウェのヘクラの歌を唱うのが聞きたいんだ」しかし、私はもう二度と、その粉を摂りはしなかった。

☆続きはこちらです。
[第15回]

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☆第1回〜第13回はこちらです。
[第1回] | [第2回] | [第3回] | [第4回] | [第5回] | [第6回] | [第7回] | [第8回] | [第9回] | [第10回] | [第11回] | [第12回] | [第13回]

2018年2月13日火曜日

13 フロリンダ・ドナー「シャボノ」 -- アマゾンの奥地・ヤノマミ族の暮らし


ここに翻訳を掲載している「シャボノ」は、アメリカのカリフォルニア大学ロスアンゼルス校で文化人類学を専攻した女性作家フロリンダ・ドナーが、アマゾン奥地の先住民族ヤノマミの暮らしを描いたノンフィクションです。

ドナーは、メキシコの呪術師の世界を描いた「ドン・ファン・シリーズ」で知られるカルロス・カスタネダの呪術師仲間でもあり、この「シャボノ」に
おいても、幻覚性植物の摂取による変性意識体験や、シャーマニズムの奥深い世界観が興味深く語られます。

また、ヤノマミの人々は、NHKの番組から劇場公開された「ヤノマミ~奥アマゾン-原初の森に生きる~-劇場版」でも描かれるように、嬰児殺しの風習をもつことで知られます。

第13回目の今回は、隣り村での祭りからの帰り道、森の中で自然の神秘に打たれ、ヤノマミの人たちと暮らすことの幸せの意味を知った作者の情感が美しく描かれます。

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フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第13回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙35枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第1回〜第12回はこちらです。
[第1回] | [第2回] | [第3回] | [第4回] | [第5回] | [第6回] | [第7回] | [第8回] | [第9回] | [第10回] | [第11回] | [第12回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします]

それでは、どうぞお楽しみください。

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第3部
**151**
13
私たちがモコトテリの村をあとにしたのは、昼過ぎのことだった。帰路につく客に対する土産としてもらった、いつもお馴染みのプランテン、椰子の実、肉で、私たちの籠は一杯だった。
夜闇が迫る頃、モコトテリの男が三人、私たちを追ってやってきた。男の一人が、弓を持ち上げながら言った。「首長は白い娘が我々のところに留まることを望んでいる」矢の軸を引いて私に狙いをつけながら、男は私を見つめた。
「女に矢を向けるなど、臆病者のすることだ」イラマモウェが私の前に進み出ると言った。「打ってみろ、役立たずのモコトテリが!」
「我々は戦いに来たわけではない」男はそう説明しながら、弓矢を垂直の位置に構え直した。「戦うつもりなら、もう少し前の時点で待ち伏せすることもできたのだ。白い娘を脅して、我々と共に来させるのが望みだ」
「お前たちの所に彼女が住まうことはありえん」イラマモウェは言った。「ミラグロスは彼女を我々のシャボノに連れてきたのだ。お前たちのところに住まわせるつもりなら、お前たちの村に連れていったろう」
「我々と一緒に彼女に来てもらうのが望みなのだ」男は譲らなかった。「雨期になる前には、必ず娘をお前たちのところに戻す」
**152**「俺を怒らせてみろ、この場でお前らを殺してやる」イラマモウェは胸を力強く何度も叩いた。「臆病者のモコトテリめ、俺が容赦知らずの戦士であるのを忘れるなよ。俺の胸のへクラたちは、たとえエペナがなくても、いつでも俺の思いのままだからな」イラマモウェは三人の男に歩み寄って言った。「白い娘はイティコテリのものなのが、まだ分からんか?」
「どこに住みたいか、彼女に聞いたらいいではないか」男は言った。「彼女は我々のことを気に入っている。我々のところで暮らすことを望むかもしれん」
イラマモウェは笑い出した。低い声で笑い続ける様子は、面白がっているのか、怒り狂っているのか、見分けがつかなかった。そして、急に笑うのをやめると言った。「白い娘はモコトテリの見栄えが気に入らんと言っておる。お前たちはみんな猿のようだと言ってな」イラマモウェは私の方を向いた。うまく答えてくれと言わんばかりの彼の真剣な表情に、私は笑いを抑えるのに精一杯だった。
三人のモコトテリの当惑した顔を見ると、私は申し訳ないような気持ちになり、束の間イラマモウェの言葉を否定したい誘惑に駆られた。けれど、彼の怒りを無視するわけにはいかなかったし、私が祭りに参加することについてのアラスウェの懸念についても忘れたわけではなかった。私は腕を胸の前で組み、顎を上げると、男たちを直接見ることはせずに言った。「お前たちの村に行く気はない。猿と一緒に食べたり寝たりはしたくないからな」
イティコテリの者たちは高らかな笑い声を上げた。三人の男は急に向こうを向くと、薮へと続く道に姿を消した。
私たちは川からそれほど遠くない森の中の開けた場所に、野営地を定めた。間に合わせの小屋がまだ立っており、カモシウェ老人がその晩は雨は降らないと受け合ったので、新しい葉で屋根を葺くことはしなかった。
イラマモウェは食事はせず、焚き火の前に座り込んで、真剣に考え込んでいる様子だった。三人の男が今にも再び姿を現すことを、予期しているかのような緊張感を、彼は発していた。
「モコトテリの男たちは戻ってくるのかしら?」私は聞いた。
**153**「やつらは臆病者だ。戻ってくれば、その場で俺の矢で死ぬことになるのを承知しておるわ」唇をきっと結んで、彼はじっと地面を見ていた。「我々のシャボノまで戻るのに、一番いい方法を考えておってな」
「二手に分かれるのがいいじゃろう」カモシウェ老人が、その一つだけの目で私を見ながら提案した。「今日は月がない。モコトテリたちはやって来んだろう。たぶん明日にでも、また白い娘を寄こせと言ってくるじゃろうから、娘は奴らに怯えて、布教所に連れ帰るように頼まれたと言えばいい」
「彼女を布教所に戻しちゃうの?」不安に満ちたリティミの声が、暗闇に響いた。
「いや」老人は楽しそうに言った。あごに生えた短い灰色の髭、何一つ見逃さない一つだけの目、そして少しだけ皺を帯びた体が相まって、その姿はまるでいたずら好きな小人の妖精のようだった。「リティミと白い娘と一緒に、エテワには山の道を行ってもらう。遠回りにはなるが、子どもや年寄りのためにゆっくり歩く必要はない。我々より一日か二日遅れで村に着けるだろう」カモシウェ老人は立ち上がると、空気の匂いを嗅いだ。「明日は雨が降る。夜は小屋をかけるがいい」エテワにそう言うと、老人はしゃがみ込みながら、口元に笑みを浮かべ、落ち窪んだ一つの目で私を見た。「シャボノに戻るのに、山の道を行くのは怖いかな?」
微笑みながら私は首を振った。どういうわけか、自分が本当に危険な状況に落ち入るとは思えなかったのだ。
「モコトテリに矢で狙われたときは、恐ろしかったかな?」カモシウェ老人が聞いた。
「いいえ。イティコテリのみんなが守ってくれるって分かっていたから」その事件を、恐ろしく思うよりは滑稽に感じていたということは、かろうじて言わずにおいた。はっきりした駆引きや、状況の危うさを見ていたにもかかわらず、モコトテリとイティコテリの間の脅しや要求が、全く真剣なものだったということが、そのときの私にはよく分かっていなかったのだ。
**154** 老カモシウェは私の答えを聞いて喜んでくれた。私が怖がらなかったという事実よりも、イティコテリの人々を私が信頼していることに満足してくれたのだろうと私は思った。老人はその夜、遅くまでエテワと話をしていた。リティミは、口元にこれ以上ないと思われるほどの幸せそうな笑みを浮かべ、私の手を握ったまま眠ってしまった。夢を見る彼女の様子を見ながら、私には彼女がどうしてそんなに幸せそうなのか分かっていた。というのも、彼女はこれから何日かの間、エテワを実質的に一人占めにできるのだから。
シャボノの中では、男が自分の妻に表立って愛情を示すことはまずなかった。そうした振る舞いは弱さと見なされたからである。子どもたちに対してならば、男も開け広げに優しさを表現した。キスをしたり撫でたり、甘やかすこともいくらでもした。エテワや、あの恐ろしいイラマモウェですら、自分の妻のために重い焚き木を運んでやっているのを見たことがある。けれど、シャボノに近づくや否や、その荷を降ろしてしまうのだ。また、近くに他の男がいないときには、リティミやトゥテミのために特別に、エテワが肉や果物を取っておくのを見たこともあった。夜の暗闇の中、エテワがトゥテミの腹に耳を当て、まだ生まれぬ自分の子が、力強く蹴る音に聞き入っているのを見たこともある。けれども、他の者がいるところでは、もうじき自分に子どもが生まれることなど、口に出したりはしないのだ。

夜明けの数時間前に、リティミと私はエテワに起こされた。私たちは静かに野営地をあとにし、砂地の川岸を歩いた。ハンモックと少しのプランテン、それからモコトテリの少女がくれたパイナップル三つのほかは、私たちの籠には何も入っていなかった。カモシウェ老人は、獲物はいくらでもいるとエテワに受け合った。月はなかったが、夜空の微かな明かりを水面が黒く映していた。夜行性の鳥の羽ばたきが時折り静寂を破り、微かに聞こえる鳥の一鳴きが、やがて来る夜明けの前触れを告げた。一つ、また一つと星が消えていき、薔薇色の朝焼けの光が私たちの足元の影にまで至る頃には、木々の姿もはっきりと見えてきた。**155**川の雄大な広さと、滔々と流れる水の静けさに、私は心打たれた。あまりにも静かなので、まったく流れていないようにしか見えなかった。三羽のコンゴウインコが三角形の形を保って飛んでいき、動きのない雲を赤、青、黄色の羽根で彩った。茜色に輝く太陽が、梢の上に姿を現した。
エテワが、胸の奥底から上がってきたかのような大あくびをして、目を細めた。寝不足の目には朝日が眩しすぎたのだ。
私たちは、籠の紐をほどくと荷を下ろした。リティミと私は丸太に腰かけ、エテワが弓を引くのを眺めた。ゆっくりと両腕を上げていき、背をそらし、矢の狙いを宙高く定めた。動きを止め、長い時間立ちつくすその姿は、張り詰めた筋肉の一筋一筋までが精密に彫られた石像のようで、視線は空を渡る鳥たちをしっかりと見据えていた。一体いつになったら矢を放つのかと、私はわざわざ聞くことはしなかった。
矢が風を切る音は聞こえなかった。鳥の短い声が聞こえたかと思うと、すぐに羽根をばたつかせる音でかき消された。コンゴウインコは、赤く染まった矢で束ねられた羽根の塊のような姿となって、束の間宙に留まり、エテワからそう遠くない場所にどさりと落ちた。
エテワが火を起こし、プランテンを少しと、羽根をむしった鳥をその火で焼いた。彼は少ししか食べず、残りは私たちが食べるようにと言った。山を越える険しい道に備えて、力をつけておけと言うのだった。
私たちは薮の中へと道を進んだが、川沿いの道を照らす太陽が恋しいというようなことはなかった。蔓と木がつくる日影は、私たちの疲れた目に優しかった。枯れて色の変わった木の葉が、緑一色の背景の中、あちことに咲く花のように見えた。エテワが、黒っぽい色をした野生のカカオの木から枝を切って取った。「この木から作る火起こし用のきりは最高なのさ」そう言って彼は、枝の皮を鋭いナイフでこそげた。ナイフはアグーティの下顎の前歯から作ったものだった。それから彼は、育ちの悪いカカオの幹から、葉のない短い枝の先に一つずつついている、緑と黄色と紫の実をいくつか切り取った。彼がその実を割って開けると、私たちは種の周りのゼリー状の果肉をすすった。種は葉でくるんで取りおいた。**156**「火を通すとね」リティミが説明してくれた。「ポホロの種はとってもおいしいの」チョコレートのような味がするのだろうかと、私は考えた。
「猿とイタチが近くにいるな」エテワがそう言って、地面に散らばる噛みしだかれた果実の皮を示した。「俺たち同様やつらもポホロの実が好物なのさ」
少し行くと、エテワはよじれた蔓の前で立ち止まり、ナイフで印をつけた。「マムコリだ」彼は言った。「新しい毒が必要なときは、ここに来ればいい」
「アシュカマキなの?」幹にみっしりと、蝋のようにてかてか光る葉を茂らせた木の下で立ち止まったので、私は興奮して大きな声を出した。けれど、それはクラレを作るときに使う、粘りを出すための蔓植物ではなかった。葉っぱが長くてぎざぎざしていることをエテワは指摘した。彼が立ち止まったのは、地面に色々な獣の骨が散らばっていたからだった。
「ハーピー・イーグルだ」彼は言うと、木のてっぺんの巣を示した。
「その鳥は殺さないで」リティミが懇願した。「きっと亡くなったイティコテリの誰かの霊だから」
妻には答えず、エテワは木に登り、巣にたどり着くと鳴き声を上げる白いぽわぽわした羽毛のひな鳥をつかみ出した。エテワがひなを地面に投げると、母鳥の大きな鳴き声が何度も響いた。彼は幹と枝で体をしっかり支えると、旋回する鳥に矢で狙いを定めた。
「鳥が仕留められてよかった」エテワは言うと、木々の間を抜けて鳥が落ちた場所まで、自分についてくるように身振りで示した。「この鳥は肉しか食わない」彼はリティミに向き直ると、穏やかに言った。「矢を向ける前に鳥の声をよく聞いた。霊の声ではなかったよ」彼は鳥の胸から白くて柔らかい羽根を抜き、翼からは長い灰色の羽根を取って、木の葉で包んだ。
**157** 木々の葉の間を抜けて降りてくる午後の熱気で、私はどうにも眠くなり、とにかく寝てしまいたいという気持ちで一杯だった。リティミの目の下には隈ができ、柔らかい肌に炭でもはたいたかのようだった。エテワの足取りも遅くなった。何も言わずに、彼は川に向かった。熱と光の中で宙吊りになったかのように、私たちは微動だにせず、幅の広い川の浅い水の中に立った。水に映る雲と木々をしばらく眺めてから、私たちは中洲の赤茶色の砂の上に寝転んだ。水に浸かった根から出るタンニンが、水の色を青から緑、そして赤へと変化させていた。一枚の木の葉も揺れず、一つの雲も動かなかった。川面でホバリングをしているトンボたちも、透明な羽を羽ばたかせながら、じっと動かないままでいた。私は腹這いになって、両手を水面に沿って平らに伸ばした。川に映る鏡像と空の輝きの二つを統べる、動きのないハーモニーを、両手でつかまえたかったのだ。そして、腹這いのまま、唇が水面に触れられるまで川に近づくと、水に映る雲を飲み込んだ。
わたしたちが川に着いたときに飛び立った、二羽のサギが戻ってきた。いつでも飛び立てるように長い足で立ち、首を羽毛の間にうずめると、半分閉じた目を瞬きさせながら、私たちのほうを見た。水の上で空気を揺らす、酔いを誘うような熱気を見やっていると、銀色のものが空中に跳ね上がるのが見えた。「魚よ」そう叫んだ途端、わたしの中の異常なまでの眠気は吹っ飛んでしまった。
エテワは静かに笑うと、さえずりながら空を渡るオウムの群れを、手に持った矢で示した。「鳥だ」彼は大きな声でそう言うと、背中の矢筒に手を伸ばした。矢尻を手に取り、舌の先でなめて、毒の効き目を確かめた。そして、毒の苦さに満足すると、矢軸にその鋭い矢尻を結びつけた。次に彼は、弦を引いて弓の具合を見た。「張りが甘い」そう言うと、弦の一方をほどいた。そして、何回か弦をよじると、再び弓に結んだ。「今晩はここで過ごそう」それだけ言うとエテワは、川の中へ入っていき、向こう岸に上がると、木々の間に姿を消した。
リティミとわたしは中洲の砂地に留まった。リティミは包みから鳥の羽を取り出すと、石の上に広げた。日に当ててシラミを殺すのだ。**158**大喜びの彼女が中洲に生える一本の木を指さした。その木には、青白い色をした花の房が、果物のようにぶらさがっていた。彼女はその花を枝ごと切り取ると、わたしに食べるようにと差し出した。私が食べたがらないのを見て、「甘いんだよ」と教えてくれた。
その花の匂いは強すぎて石鹸を思わせるのだと説明しようとしているうちに、私は眠ってしまっていた。目が覚めたときには、昼の光をどこかに払いのけてしまうような夕暮れ時の音がしていた。そよ風が、木々の熱を冷ましながら、さやさやと音を立て、夜の訪れに寝床を定める鳥たちが、互いに呼び交わす鳴き声が聞こえた。
二羽のホウカンチョウと椰子の葉の束を抱えて、エテワが戻ってきた。わたしはリティミと一緒に、川沿いで焚き木を集めた。リティミが鳥の羽根をむしる間には、エテワが小屋掛けするのを手伝った。
「本当に降ると思う?」晴れ上がり、雲一つない空を見ながら、私は聞いた。
「カモシウェのじいさんが言ったんだから降るさ」エテワは言った。「他の人間が食べ物を嗅ぎつけるように、じいさんは雨を嗅ぎつけるのさ」
小さいが快適な小屋ができ上がった。正面の柱は、後ろ側の二本の柱よりは高かったが、立つことができるほどではなかった。柱同士は長い棒でつながれ、仮小屋は三角形をしていた。屋根と後ろ側は椰子の葉で葺かれた。三人分のハンモックを吊るほどには柱は丈夫でなかったので、地面をプラタニージョの葉で覆って眠れるようにした。
エテワが小屋をそんなに立派に作ったのは、リティミや私の快適さのためではなく、まして自分の快適さのためでもなかった。彼が雨に濡れると、トゥテミのお腹の赤ちゃんに、死産や奇形が生じる恐れがあるからなのだった。
エテワが小屋の中で起こした焚き火の上で、リティミは、二羽の鳥とプランテンを何本か、そしてカカオの実に火を通した。私はパイナップルの一つを潰した。混ざり合った味と歯ざわりは、感謝祭のご馳走を思わせた。
**159**「モモの実に似てるかも」私がクランベリーソースの説明をすると、リティミが言った。「モモも赤くてね、柔らかくなるまで長く煮るんだ。あと、毒が抜けるまでよく水に晒さないといけなくて」
「モモは好きじゃないだろうな」
「きっと気に入るって」リティミは受け合った。「ポホロの実がそれだけ好きなんだから。モモの実はもっと苦いんだよ」
微笑みながら、私はうなずいた。煎ったカカオの実は、チョコレートを思わせる味ではなかったが、新鮮なカシューナッツのようでとてもおいしかった。
エテワとリティミは、プラタニージョの葉の上に横になったと思ったら、もう眠っていた。私もリティミの隣で体を伸ばした。リティミは眠ったまま私の方に手を伸ばし、私を抱くと近くに引き寄せた。リティミの体の温もりで、私は心地良い気だるさに満たされ、彼女の規則正しい呼吸を聞くうちに、うとうととし始めた。連続した夢のような映像が、私の頭の中を流れていった。ときにはゆっくり、ときには速く、誰かが私の目の前に映像を投影しているかのようだった。私の後ろをモコトテリの男たちが、手で木の枝につかまり、木から木へと渡っていった。その叫び声はホエザルのものと区別がつかなかった。水面にほとんど体を出さずに浮かぶ、光り輝く目をしたワニたちが、眠たげに瞬きをしていたかと思うと、次の瞬間には、私を飲み込もうと巨大な顎を開いた。べとついた鞭のような舌を持つアリクイたちが、無数の泡を吹き出した。幾千もの蟻とともに、自分がその泡の中に捕らわれるのを、私は目撃した。
突然の一陣の風で、私は眠りから目が覚めた。風とともに雨の匂いがした。私は地面に座って、椰子の葉を打つ大きな雨粒の音に聞き入った。聞き慣れたコオロギと蛙の声が、絶え間なく波打つように聞こえてくるのを背景に、夜行性の猿の悲しげな叫びと、横笛を思わせるヤマウズラの鳴き声が聞こえた。何ものかの足音が確かに聞こえたと思った次の瞬間、小枝が踏まれて折れる音がした。
「誰か外にいるわ」私はエテワに近づきながら言った。
エテワは小屋の正面の柱の方に位置を変えた。「ジャガーが沼の蛙を探してる」エテワが私の頭を少し左の方に向けた。「においで分かるはずだ」
**160** 私は繰り返し空気のにおいを嗅いだ。「何もにおわないけど」
「におうのはジャガーの息なんだ。なんでも生で食べるから、においがきつくなる」エテワがもう一度わたしの頭の向きを変えた。今度は右だった。「ほら、よく聞いて。森に戻っていくぞ」
私は再び横になった。リティミが目を覚まして、眠い目をこすりながら微笑んだ。「夢を見たの。山道を登っていくと、滝があったわ」
「それは明日行く道だ」エテワはそう言うと、首に巻いたエペナの包みをほどいて開けた。そして粉をいくらか手のひらの上に取り、一息に鼻で吸い込んだ。
「今からヘクラたちにお祈りをするの?」
「森の精霊たちが我々を守ってくれるように、祈るのさ」エテワはそう言うと、低い声で唱いを始めた。彼の歌は、夜風に乗り、闇を越えてどこまでも伝わっていくかのようだった。その歌は確かに、大地の四方に住む精霊たちに届いたに違いない。焚き火は燃え尽きて、赤い熾き火だけが残った。エテワの声はもう聞こえなかったが、唇は動き続けている。私は夢のない眠りに落ちていった。
少しして私は、リティミの小さなうめき声で目が覚めた。悪い夢でも見ているのだろうと思って、私は彼女の肩に手を触れた。
「あなたも試してみる?」リティミが囁いた。
驚いて目を開けると、エテワの微笑む顔が目に入った。二人は愛を交わしていたのだ。私はしばらく二人を見守った。二人の体の動きは、ぴったりと合っているので、ほとんど動きが感じられないほどだった。
エテワは少しも気まずい様子は見せず、リティミから離れると、私の前に膝まづいた。そして、私の足を持ち上げると、少しだけ伸ばした。両足のふくらはぎに彼の頬が触れた。子どもが遊びながら撫でるような感じで、彼は私に触った。抱き合うこともなく、言葉もなかったけれど、私は優しさで満たされた。
**161** エテワは再びリティミのところに戻り、彼女と私の肩の間に頭を休めた。
「これで私たち本当の姉妹ね」リティミが優しく言った。「外側は同じに見えなくても、内側は同じになったんだから」
私はリティミに寄り添って寝た。川風が、私たちをなでるように、小屋を通り抜けていった。

夜明けの薔薇色の光が、木々の梢の上に優しく降りてくると、リティミとエテワは川に向かった。私は小屋から出ると、朝の新しい空気を深く吸った。夜明けのころには、森の闇はすでに漆黒ではなく、青みを帯びた緑色をしていた。地下の洞窟が、隠れたひび割れからの光で照らされているかのような色だった。木の葉やつるをかき分けて進む私の顔を、朝露のしぶきが小糠雨のように濡らした。細長い足をした赤い小さな蜘蛛たちが、忙しそうに銀色の巣を直していた。
エテワが木のうろに蜂の巣を見つけた。三人で最後の一滴まで舐め尽くしたあと、エテワが水を入れたひょうたんの中に巣を漬けた。そうしてできた甘い水も、あとでみんなで飲んだ。
私たちは、草木の生い茂った道を登った。道沿いには小さな滝と急流がいくつも続き、めまいがするほどの速さの水流が風を起こし、私たちの髪をなびかせ、岸の竹やぶをしならせた。
「夢に見たとおりね」リティミはそう言うと、私たちの目の前で、深くて広い滝壺になだれ落ちる巨大な水塊を抱きしめようとするかのように、両手を前に伸ばした。
滝の周りに突き出す黒い玄武岩の上に、私はそろそろと歩いていった。高みは太陽によってすでに暖まっていて、そこから落ちてくる水流の、怒涛の力を遮ろうとするかのように、私はその下で、長い間両腕を上げて立っていた。
「そこを離れるんだ、白い娘」エテワが叫んだ。「なだれる水の精霊たちが、きみを病気にしちまうぞ」
**162** 午後も遅くなって、野生のバナナが作る茂みの脇に、私たちは野営地を定めた。バナナの木に混じって、アボカドが一本生えているのを、私は見つけた。実が一つだけなっている。洋梨形ではなく、丸くて、大きさはマスクメロンほどもあるその実は、ロウで作られたかのようにてかてかと光っていた。最初の枝に届くようにエテワが私を持ち上げてくれ、そのあとはゆっくりと、一番高い枝の先になっている実を目指して、私は登っていった。その丸い緑の実を手に入れたいという思いがあまりに強かったので、足元の枝が私の体重でみしりと音を立てているのを無視して、私は実に手を伸ばした。つかんだ実を自分の方に引っ張ると、足元の枝が折れた。
エテワは涙が頬を流れるほどに大笑いをした。リティミも笑っていたが、私の腹と太ももから、潰れたアボカドをこそげてくれた。
「怪我をするところだったのに」面白がっているだけで、ちっとも心配してくれない二人に、腹を立てて私は言った。「足を折ったかもしれない」
「いや、そんなことないさ」エテワが受け合った。「地面は落ち葉で柔らかいからね」潰れたアボカドを手にすくうと、私に味見するよう促した。「滝の下にいるなって言ったろう」彼は真顔で付け加えた。「なだれる水の精霊たちのせいで、枯れ枝の危なさが分からなくなっちまったのさ」
エテワが仮小屋を仕上げるころには、昼の光は跡形もなく消え去っていた。森じゅうが白い霧でいっぱいだった。雨こそ降らなかったが、木の葉に少しでも触れようものなら、葉の上の夜露が重い雫となって落ちた。
私たちはプラタニージョの葉の上で、互いの体の温もりと、小さく起こした焚き火の火から暖を取って寝た。エテワは夜通し定期的に、火にくべた焚き木を足で押して炎のそばに寄せ、焚き火が絶えないようにした。
私たちは夜明け前に野営地を出た。濃い霧がまだ木々を覆っており、蛙の鳴き声はどこか遠いところから聞こえてくるかのようだった。高く登るにつれて植生は少なくなり、やがて草と岩だけの世界になった。
**163** ついに台地のてっぺんに辿り着いた。風と雨に侵食された、時代から取り残されたような場所だった。眼下には森が、まだ霧のベールの下で眠っている。一本の道も通らない、神秘をたたえたその世界は、外側からはうかがい知ることができない。私たちは地面に座り、日が昇るのを静かに待った。
地平線に沿って東の空が、赤と紫に染まり始めると、わたしは圧倒的な畏怖の念に打たれて立ち上がった。雲が風に従い、昇り来る太陽に道を開けた。桃色の霞が、木々の梢を撫でて渡った。そして、藍色が影を彩り、緑と黄色が空全体を染め上げていき、やがて透明な青へと色を変えていった。
私は振り返って西の空を見た。雲が形を変えながら、広がっていく光に道を譲っている。南の方角では、燃えるような赤い筋が空に引かれ、雲が風に押し流されて、幾重にもなって輝いていた。
「俺たちのシャボノは向こうだ」遠くを指さしてエテワが言った。そして私の腕をつかむと、私を北の方に向かせた。「そして向こうには白人が行き来する大いなる川がある」
太陽が霧のベールを取った。川は金色の蛇のように輝いて見えた。緑の大地を切り裂き、別の世界に通じる濃密な空間の彼方へと、その尾を伸ばし姿を消していた。
私は何か喋りたかった。大声で叫び出したかった。けれども自分の気持を表す言葉は見当たらなかった。リティミとエテワを見ると、私が今どれだけ深く感じているかを、二人が分かってくれているのが伝わってきた。この驚くべき森と空の境界を抱きしめたくて、私は両腕を体の前に伸ばした。自分が時間と空間の最果てに立っているのを感じた。光の振動が、木々の囁きが、そして遠くから風で運ばれてくる鳥たちのさえずりが聞こえていた。
**164** 私は突然理解した。イティコテリの人々が私の過去に興味を示さなかったのは、関心がなかったからというわけではなく、そのように選択した結果だったのだと。彼らにとっては、私は履歴を持たない存在だった。そして、ただの奇妙な存在という以上の何者かとして私が受け入れられるためには、私は履歴を持つわけにはいかなかったのだ。過去の出来事や人間関係は、私の記憶の中でぼやけ始めていた。それは忘れてしまうということとは違って、過去について考えるのをやめてしまったということなのだった。私の過去など、森の中では何の意味も持たないことだったからだ。イティコテリの人たちと同じように、私はただ現在だけに生きるということを学んだ。時間は私の外側にあった。そしてそれは、一瞬の間にしか使えないものなのだった。一旦使ってしまえば、時間はそれ自身の中に沈み込んでいき、心の内側のとらえどころのない一部分になってしまうのだ。
「ずいぶん長い間、やけに静かにしてるのね」リティミが地面に座りながら、そう言った。両膝を立てて、手で膝を抱えると、その上に顎を乗せて、私の方をじっと見た。
「今ここにいることが、どんなに幸せなことかって考えてたの」私は言った。
微笑みながら、リティミは体を前に後ろにとゆっくり揺らした。「ある日、私はいつものように焚き木を集めてるの。なのに、もうあなたは、わたしのそばにいない。それでも私は寂しくないんだ。だって今日の午後、シャボノに着くまでの間に、私たちはオノトで模様を描き合ったり、夕日を追って飛ぶコンゴウインコの群れを眺めたりして、楽しい時間を過ごすんだから」

☆続きはこちらです。
[フロリンダ・ドナー「シャボノ」第14回]

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☆第1回〜第12回はこちらです。
[第1回] | [第2回] | [第3回] | [第4回] | [第5回] | [第6回] | [第7回] | [第8回] | [第9回] | [第10回] | [第11回] | [第12回]

2018年2月12日月曜日

12 フロリンダ・ドナー「シャボノ」 -- アマゾンの奥地・ヤノマミ族の暮らし


ここに翻訳を掲載している「シャボノ」は、アメリカのカリフォルニア大学ロスアンゼルス校で文化人類学を専攻した女性作家フロリンダ・ドナーが、アマゾン奥地の先住民族ヤノマミの暮らしを描いたノンフィクションです。

ドナーは、メキシコの呪術師の世界を描いた「ドン・ファン・シリーズ」で知られるカルロス・カスタネダの呪術師仲間でもあり、この「シャボノ」においても、幻覚性植物の摂取による変性意識体験や、シャーマニズムの奥深い世界観が興味深く語られます。

また、ヤノマミの人々は、NHKの番組から劇場公開された「ヤノマミ~奥アマゾン-原初の森に生きる~-劇場版」でも描かれるように、嬰児殺しの風習をもつことで知られます。

第12回目の今回は、イティコテリの人々が祭りに招かれ、隣の村へ出かけていき、そこでの踊りや歌などの様子が描かれます。

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フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第12回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙35枚ほどの分量です]

☆なお、この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第1回〜第11回はこちらです。
[第1回] | [第2回] | [第3回] | [第4回] | [第5回] | [第6回] | [第7回] | [第8回] | [第9回] | [第10回] | [第11回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします]

それでは、どうぞお楽しみください。

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**137**
12
朝の冷たい空気を日射しがいくらも暖めないうちに、私たちはたくさんの籠を持ってシャボノを出た。籠にはプランテンやひょうたんにハンモック、そして身を飾るための道具一式と、交易のための品物が詰められていた。交易の品物は、生成りの木綿のより糸の太い束、新しいデザインの矢尻、そしてエペナやオノトで満たされた竹製の容器だった。年上の子どもたちは、自分のハンモックを首にかけて母親のすぐ後ろを歩いた。それぞれの家族の最後尾には男たちが、自分の弓矢以外は荷物を持たずに歩いていた。
 一行は二十三人だった。老人と子どもたちに合わせたのんびりしたペースで、四日の間、私たちは静かに森を歩いた。女たちは、薮の中の微かな動きや物音に気づくと足を止め、そっと顎で気配があった方向を指し示した。すると男たちは、示された方向に音もなく消えていき、大抵の場合、獲物を仕留めて帰ってきた。兎に似たアグーティやペッカリー、あるいは様々な鳥などが獲物で、午後になって野営地を定めると、そうした獲物はすぐに調理された。子どもらは、森の果実を探して飽きることがなく、また、鋭い目線で飛ぶ蜂を追い、木のうろに作られた巣を探し当てた。飛ぶ蜂を見て、それが人を刺す種類かどうかを言い当てるのも、彼らにはたやすいことだった。
ハヤマとカモシウェ、そして何人かの年寄りは、木から取った靱皮繊維で作ったひもで、胸と腹を巻いていた。そうすると、エネルギーが回復し、歩きやすくなるというのだが、私が真似をしてみても、きつく巻いた靱皮のひもで皮膚が擦れて赤くなるだけで、特に効果は感じられなかった。
丘を登っては降りて、道を歩いていきながら、これはミラグロスと通った道とは違うのだろうかと私は考えた。木も岩も、川の流れの一本も、見覚えのあるものは一つもなく、また、沼地の上を舞い飛ぶ蚊やそのほかの虫にもまったく覚えがなかった。汗をかいた体に引き寄せられて、虫たちは執拗なまでにまとわりついてきた。それまで虫に悩まされたことなどない私には、どこから体をかけばいいのか見当もつかないほどだった。ぼろぼろのTシャツは無論、虫を防ぐのになんの役にも立たなかった。初めのうちは虫たちの容赦のない攻撃にもどこ吹く風だったイラマモウェですら、時おり首や腕をぴしゃりと叩き、また足を持ち上げて踵を掻いては、虫に刺される煩わしさを示していた。
五日めの昼ごろになって、私たちはモコトテリの畑の端に野営地を定めた。下生えをきれいに刈られて、巨大なセイバの木々は、森にあるときよりも更に威厳を増して感じられた。その葉の間を縫って落ちてくる太陽の光線は、暗い地面を日向と日陰に塗り分けている。
私たちは近くの川で水浴びをした。水面を覆うように垂れ下がる蔓には、赤い花が咲き乱れ、そよ風に吹かれて優雅に揺れていた。イラマモウェと三人の若い男が、まず祭り用の飾りを身につけた。そしてオノトで体に模様を描くと、祭りの招き手のシャボノへと向かった。イラマモウェは、炙り肉と焼いたプランテンでいっぱいの籠を抱えて、じき戻ってきた。
「オーホーー、モコトテリのところには、まだまだたくさんあるぞ」そう言いながら、彼は食べ物をみんなに配った。
**139**
女たちは自分たちの身を飾る前に、男たちの飾りを手伝った。男たちの髪には水鳥の白い羽毛が散らされ、腕と頭の周りには鳥の羽根と猿の毛皮が巻かれた。子どもたちの顔と体に、あらかじめ決められた模様を描く作業が私には任された。
一人のモコトテリの男がやってきて、大きな声を上げ、私たちの笑いとお喋りは遮られた。
「猿みたいな男ね」リティミが小さな声で言った。
思わず笑い出しそうになるのをなんとか抑えて、私はうなずいた。エテワとイラマモウェは、白い羽毛で頭を飾り、色とりどりのマカウの長い羽根が腕輪から垂らされ、色鮮やかな赤い帯を腰に巻いて、堂々と立っている。その横にモコトテリの男が立つと、その短いO脚と不釣り合いに長い両腕が、否応なく目立ってしまうのだった。
「私どもの首長は祭りを始めたいと申しておりますので、どうぞ皆さま、早々にいらっしゃってください」男は甲高い儀礼的な声でそう言った。私たちのシャボノまで、祭りへの招待にやってきた男と同じ調子の声だった。「皆さまが着飾るのに時間がかかるようですと、お話しを楽しむ時間はなくなってしまうことでしょう」
頭を高く上げ、顎は少し上向きにして、エテワとイラマモウェ、そして同様に飾りを身につけ、オノトの模様で正式に身を飾った三人の若い男が、モコトテリの男のあとに続いた。男たちは無関心を装ってはいたが、残る私たちが称賛の眼差しで見ているのを意識しながら、シャボノへ向かう道を誇らしげに歩いていった。
時間に追われる緊張を振り払って女たちは、花や羽根をこちらに一つ、オノトをあちらに一筆と、おめかしの仕上げを急いだ。鏡はなかったから、出来映えの判断は人任せだった。
**140**
リティミが私の腰に帯を巻いてくれ、幅広い房飾りがきちんと正面にくるようにしてくれた。「相変わらずやせっぽちねえ」彼女は私の胸に触りながら、そう言った。「いっぱい食べてるっていうのに。今日は私たちのシャボノにいるときみたいに食べちゃだめよ、そんなことしたら、私たちが十分食べ物を上げてないと思われちゃうから」
私は、ほんのちょっとしか食べないからとリティミに約束し、そのあと思わず吹き出してしまった。子どもの頃、母にまったく同じことを言われていたのを思い出したからだ。週末に友だちのところで過ごすときには、いつもそのことを言われた。私があまりに大食いなのには母も戸惑っていて、他の家の人に、私はちゃんと食べさせてもらっていないのではないか、あるいはもっと悪ければ、サナダムシでも寄生しているのではないかと思わるのが心配だったのだ。
モコトテリのシャボノへ、いよいよ出向こうという直前になって、ハヤマのお婆は、ひ孫のテショマとシシウェに行儀よく振る舞うように、きつく言い聞かせた。そして、一緒に来ている他の子どもたちにもよく聞こえるように大きな声を出して、祭りが終わって自分たちが帰ったあと、モコトテリの女たちに口やかましく批判されたりしないようにすることがどれだけ大切かを強調して説きただした。更にハヤマは、子どもたちに最後にもう一度、薮の陰で大小の用を足しておくように言いつけた。一旦シャボノに入ってしまえば、子どもたちが粗相をしてもあとを片付ける者はいないし、外に出る必要があっても誰も連れて出てはくれないからだ。
モコトテリの広場に近づくと、男たちは一列に並び、威厳を持って上向きにした顔の横に、武器を垂直に掲げて持った。私たちは、子どもたちと一緒にその後ろに立った。
私に気づくとすぐに、一群の女たちが小屋から走り出してきた。女たちは、私の顔や体に手を触れ、キスし、舐めるなどしたが、私は怖くはなかったし、抵抗もしなかった。リティミは、初めて私がイティコテリの居住地を訪れたときに、自分たちがどんなふうに私を出迎えてくれたかを忘れたかのように、小さな声でぶつぶつと、私の肌に描かれたオノトの模様をまたやり直さなければならないじゃない、と言い続けていた。
モコトテリの女の一人が、私の腕をぎゅっと握りしめると、リティミを脇に押しのけて言った。「白い娘、私と一緒に来るのよ」
「だめ」リティミが大きな声でそう言うと、私を引き戻した。顔には笑みを浮かべていたが、鋭い怒りを表わす声の調子を隠すことはなかった。「白い娘は、あなたたちに見せるために連れてきただけよ。私のそばから引き離すことは誰にも許さない。私たちは互いの影のようなもの。彼女が行くところには私も行き、私が行くところには彼女も行くの」相手の女を打ち負かそうと、女の睨みつける視線をじっと見返し、自分の言葉に逆らえるものなら、逆らってみろと言わんばかりだった。
女は噛みタバコで一杯の口を、大きく開けて笑った。「白い娘をせっかく連れてきてくれたんだから、ぜひ私の小屋に連れて入ってほしいもんだねえ」
女たちの後ろから一人の男が現れ、私たちに近づいてきた。両腕を胸の前で組み、自信ありげに唇を少しつき出して、男は私の横に立った。「わしがモコトテリの首長だ」彼は言った。微笑むと目が細くなり、深く皺の寄った顔に描かれた赤い模様の間で、輝く二本の隙間となった。「白い娘とお前は姉妹同士で、お前が娘を守っている、そういうことか」彼はリティミに訊ねた。
「ええ」リティミは力強く答えた。「私たちは姉妹よ」
疑わしげに頭を振りながら、首長は私をためつすがめつ眺めたが、全く感心した様子はなかった。「この娘は確かに白いが、本物の白人女には見えんな」彼は言った。「裸足なのは我々と変わらんし、珍しい服を身につけているかと言えば、あるのはこいつだけだ」穴があき、ゆるんだ私の下着を、彼は引っ張った。「先住民族の帯の下にどうしてこんなものをはいておるんだ?」
「それはパンティイよ」リティミがおごそかに答えた。彼女はスペイン語も覚えていたが、英語の方を好んで使った。「白人たちはそれをそう呼ぶの。彼女はあと二枚同じ物を持ってるわ。夜には蜘蛛が、昼にはムカデが体の中に入り込むのを怖れて、彼女はパンティイを身につけているの」
私の怖れがよく分かるとでもいうようにうなずきながら、首長は私の短い髪に触れ、剃り上げた頭のてっぺんを肉づきのよい手のひらで撫でた。「アサイ椰子の若い葉の色をしておる」彼はゆっくりと顔を動かし、その鼻が私の鼻に触れるまで近づけた。「なんと変わった目をしておることか。こいつの目は雨の色をしておる」それまでの不機嫌さは消えて、満面の笑みがその顔に浮かんだ。「なるほど、白人に違いない。そしてお前が彼女を姉妹と呼ぶのなら、誰もこの娘をお前から引き離すことはできんな」
**142**「どうしてお前が、この娘を姉妹と呼べるっていうの?」私の腕を握り続けたままで、女がそう言った。私を見つめる女の、模様が描かれた顔は、困惑の色で一杯だった。
「私が彼女を姉妹と呼ぶのは、彼女も私たちと同じだと知っているから」リティミはそう言って、私の腰に腕を回した。
「私の小屋に来て、しばらく過ごしてもらえないかしら」女は言った。「私の子どもたちに触ってほしいから」
私たちは女のあとについて小屋の一つに入った。斜めの屋根には弓矢が立てかけてあり、屋根の垂木からはバナナと葉っぱでくるんだ肉の包みがぶら下げてある。マチェーテと斧、そして棍棒の一式は小屋の隅に置かれており、地面には小さな枝や大きな枝、果物の皮や土器の欠片が転がっていた。
リティミと私は同じ木綿のハンモックに腰を下ろした。女にもらった椰子の実のジュースを私が飲み終わると、女は早速私の膝に赤ん坊を置いた。「坊やを撫でてちょうだい」
私の腕の中で身をよじり、のたくって、赤ん坊は危うく地面に落ちるところだった。そして私の顔をじっと見ると、火がついたように大きな声で泣き始めた。
「あなたが抱いたほうがいい」女に赤ん坊を返しながら、私は言った。「赤ちゃんは私を怖がるから。まず私に慣れてからでないと、撫でてあげるわけにいかないわ」
「そうなの?」女は赤ん坊を抱いてあやしながら、リティミに訝しげな視線を送った。
「私たちの赤ちゃんは泣いたりしないし」リティミは赤ん坊を蔑みの眼差しで見た。「私の子どもや私の父の子どもは、彼女と同じハンモックで寝ることもするのよ」
「じゃ、大きな子どもたちを呼ぶわ」斜めの屋根に立てかけて積まれたプランテンの束の陰から、こちらを覗き見しているまだ小さな子どもたちを指差して、女はそう言った。
「やめたほうがいいわ」その子どもたちも怖がるに違いないと分かっていたので、私はそう言った。「無理に来させたら、その子たちも泣き出すわよ」
**143**「そうね」私たちのあとについて小屋に入ってきていた女のうちの一人が言った。「自分たちの母親が、白い娘の椰子の繊維のような髪の毛や青白い肌に触れてみせて、怖がることはないのが分かれば、子どもたちも一緒になって座るでしょうね」
数人の女たちが私たちの周りにやってきた。最初はためらいがちに、手で私に触りはじめ、まず顔、次に首、そして腕、胸、腹、太もも、膝、ふくらはぎ、つま先と順番に触れていった。私の体のうちで、触れられないままで残されたところはなかった。蚊に刺された跡や引っ掻き傷を見つけると、唾をかけ親指で擦ってくれ、刺されたばかりのところは毒を吸い出すことまでしてくれた。
リティミやトゥテミ、そしてイティコテリの子どもたちの豊かな愛情表現には慣れていたが、それはほんの短い時間のものだったし、なにしろあまりにもたくさんの手が私の体中を探り回るもので、私は居心地が悪くなってしまった。「彼らは何をしてるの?」隣の小屋の外で、男たちの一群がしゃがみ込んでいるのを指差して、私は聞いた。
「踊りのためのアサイの葉を準備してるところよ」私の膝に赤ん坊を置いた女が答えた。「見てみたい?」
「ええ、ぜひ」私は力強くそう言って、女たちが私から注意をそらしてくれればと願った。
「リティミは、あなたが行くところには、どこへでもついて行くの?」リティミが私と一緒にハンモックから立ち上がると、女はそう聞いた。
「ええ」私は言った。「彼女がいなかったら、私はこのシャボノに来てなかったでしょうね。私が初めて森に来たときから、リティミはずっと私の面倒を見てくれてるんだから」
リティミは満面の笑みで私を見てくれた。それがうまく効果が出るような表現であることを私は願った。幸いその後の滞在中、モコトテリの女の誰一人として、リティミの私に対する特権的な立場に対して、口を挟むものはいなかった。
小屋の外で男たちは、細い尖った棒を使って、若いアサイ椰子の、まだ開かない薄黄色をした葉を別々に分けていた。私たちが近づくと、男の一人がしゃがんだ姿勢から立ち上がった。男は噛みタバコの塊を口から取り出し、顎に流れた汁を手の甲で拭うと、椰子の葉を私の頭の上にかざした。そろそろ沈もうとしている日の光を背に、ようやく見えるか見えないかの細い金色の葉脈を私に示して、男は微笑んだ。男は私の髪に手を触れ、タバコの塊を口に戻すと、何も言わずに葉を分ける作業に戻った。
暗くなるとすぐに、広場の中央で火が焚かれた。イティコテリの男たちが、手には武器を持ち、火の周りにずらりと並ぶと、祭りの招き手から大きな歓声が上がった。男たちは一度に二人が組になって、広場を回りながら踊り、それぞれの小屋の前ではゆっくりと踊ることで、身につけた飾りと踊りの足並みが十分賞味できるようにした。
エテワとイラマモウェが取りを務めた。完璧なまでに息の合った二人の足並みに、観客の叫び声は高さを増した。二人は小屋を回ることはせず、焚き火に近いところでくるりくるりと回転して踊り、飛び散る炎のリズムに合わせ、次第に速さを増していった。エテワとイラマモウェの動きが急に止まった。顔の間近に弓と矢を垂直に構え、次に小屋の前に立っているモコトテリの男たちに狙いを定めた。そして大きな声で高笑いをすると二人は踊りを再開し、観客からは大きな称賛の叫びが上がった。
イティコテリの男たちは、ハンモックで休むように招き手の小屋に呼ばれた。彼らに食べ物が振る舞われている間に、モコトテリの男たちの一団が、広場にどっと走り出た。「ハイイ、ハイイイ、ハイイイイ」彼らは叫びながら、弓矢を打ち鳴らし、房飾りのついたアサイ椰子の葉を振って風切る音を立てながら踊った。
**145** 踊っている人間の姿はほとんど見分けがつかなかった。あるときには一つに溶け合い、次の瞬間には跳んで分かれ、揺れる椰子の葉の合間から、踊る手足や腕が切れ切れに見えた。踊り手が焚き火の灯りから遠ざかると、巨大な翼を持つ黒い鳥のような形になって、もはや人とも鳥ともつかず、炎に照らされると汗に濡れた体が赤銅色に輝くのだった。
「お前たちの女と踊らせてくれ」モコトテリの男たちが要求してきた。イティコテリの男が返事をしないので、彼らは嘲るように言った。「妬いてるのか? 女たちを踊らせてやらないなんて可哀想じゃないか。お前たちの祭りのときに、俺たちの女と踊らせてやったのを忘れたのか?」
「モコトテリの男と踊りたい者は、そうすればよい」イラマモウェは大きな声で言い、続けて男たちを脅すように言った。「ただし女が望まないのに無理強いするのは許さん」
「ハイイ、ハイイイ、ハイイイイ」男たちは喜びに震えながら叫び、自分たちの女と同様、イティコテリの女を踊りに誘った。
「踊りに行かないの?」私はリティミに聞いた。「一緒に行くよ」
「やめとく。人混みであなたとはぐれたら困るし」彼女は言った。「それに誰かがあなたの頭を打ちでもしたら大変」
「でもあれはたまたまでしょ。それにモコトテリは火のついた焚き木を持っては踊らないし」私は言った。「椰子の葉だけじゃ何もできないわよ」
リティミは肩をすくめた。「父も言ってたでしょ、モコトテリは信用ならない連中だって」
「祭りに招かれるのは友好関係にある人たちだけかと思ったけど」
「敵対関係にあっても招くのよ」リティミは笑いながら答えた。「よその人間が何をしようとしているのかを聞き出すのに、祭りはいい機会なんだから」
「モコトテリの人たちはとっても親切じゃない」私は言った。「たくさん振る舞ってくれるし」
「たくさん振る舞ってくれるのは、けちだって評判を立てられたくないってだけのこと」リティミは言った。「父が言ってた通り、あなた、まだまだ分かってないのね。モコトテリが親切だと思ってるってことは、今何が起きてるのかも、ちっとも分かってないってことだもんね」リティミは、私が子どもであるかのように私の頭を軽く叩き、言葉を続けた。「イティコテリの男たちが、今日の午後はエペナを摂ってないのには気がついた? 彼らがどれだけ用心深く振る舞ってるか分かる?」
**146** 私はそうしたことには気がついていなかった。しかし、イティコテリの人たちの振る舞いが友好的とは言えないものであると思っていたことは言っておきたかったが、何も言わないでおいた。結局のところ、リティミが指摘した通りで、私には何にも分かっていなかったのだ。焚き火の周りで踊る六人のイティコテリの男を、私はよく見てみた。彼らの動きはいつもの奔放なものではなく、絶えず視線を動かしながら、周りで起きていることを観察していた。他の男たちも、招き手のハンモックでくつろぐことはせず、小屋の外に立って時を過ごしていた。
踊りに感じていた魅力は急に色褪せてしまい、人々の影や声にも嫌な気配を感じた。夜は今や不吉な予兆の暗闇で満たされていた。しばらく前に配られた食べ物を私は食べ始めた。「この肉、苦い」毒でも盛ってあるのだろうかと思いながら、私は言った。
「苦いのはマムコリのせいよ」リティミが当たり前という調子で言った。「毒矢が猿に当たったところをよく洗ってないのね」
私は肉を吐き出した。毒にやられるのも怖かったが、背の高いアルミの鍋の中を見たとき、脂の膜ができ、毛が浮いた中で茹でられていた猿を思い出して、気持ちが悪くなったのだ。
リティミはその肉を私のひょうたんの皿に戻した。「食べなよ」そう言って私に勧めた。「苦くっても体にいいんだから。そうやって毒に体が慣れていくの。父親が息子に、矢が当たった部分を食べさせてるのを知らない? 体がマムコリに慣れれば、襲撃があって毒矢で射られても死なないで済むのよ」
「毒矢に射られる前に、毒入りの肉で死んじゃいそう」
**147**「だいじょうぶ、マムコリを食べて死ぬことはないから」リティミは私に受け合った。「皮膚を通さない限り毒は効かないの」リティミは、私のひょうたんから食べかけの肉を取ると、半分をかじって食べ、残りの半分を私がぽかんと開けていた口の中に放り込んだ。そして、いたずらっぽい笑みを浮かべると、自分の皿と私の皿を取り替えた。「あなたが喉を詰まらせたら大変だからね」そう言うと、残りの猿の胸肉を、さも美味しそうに食べ始めた。口をもぐもぐと動かしながら、彼女は広場の方を指差して、焚き火の近くで踊っている丸顔の女が見えるかと聞いた。
私はうなずいたが、どの女のことを言っているのかは分からなかった。焚き火のそばでは十人ほどの女が踊っていたが、みな丸顔だった。釣り上がった黒い目をして、豊満な体は炎に照らされて、蜂蜜色に輝いていた。
「あれが私たちの祭りのときにエテワと寝た女よ」リティミは言った。「呪いの魔法をかけてやったわ」
「いつやったの?」
「今日の午後よ」リティミはそっと言うと、静かに笑った。「畑で取っておいたオコシキの煙を、彼女のハンモックに吹きかけてやったの」彼女は満足げにそうつけ加えた。
「他の誰かが彼女のハンモックに座ったら?」
「別に大丈夫。呪いは彼女に対してだけ効くようになってるから」リティミは私に受け合った。
呪いの魔法について、それ以上は聞くことはできなかった。ちょうど踊りが終わり、踊り疲れた者たちが、笑いながらそれぞれの小屋に戻り、休んだり食事をしたりし始めたからだ。
私たちがいる囲炉裏の周りにやってきた女たちは、リティミと私が踊らなかったと知ると、とても驚いた。体にオノトで模様を描くのと同様、踊りを踊ることも重要なことであり、踊ることで人々は若さを保ち、幸せでいることができると考えられていたからだ。
少しすると首長が広場に進み出て、轟くような声で申し述べた。「イティコテリの女たちの歌を聴いてみたいものだ。素晴らしい歌声には、わしの耳も喜ぶことだろう。我々の女にも、その歌を教えてほしい」
くすくす笑いながら、女たちは互いに突っつき合った。「リティミ、行きなさいよ」イラマモウェの妻の一人が言った。「行ってきれいな歌声を聴かせてあげなさいよ」
リティミを勇気づけるのには、その言葉で十分だった。「じゃあ、みんなで一緒に行こう」そう言うと彼女は立ち上がった。
**148** 腕を互いの腰に回しながら、私たちが広場に進み出ていくと、シャボノ全体が静まり返った。首長の小屋に向かって、リティミが澄んだメロディアスな声で歌い始めた。歌はとても短いもので、終わりの二行は残りの女たちがコーラスで繰り返した。他の女たちも歌ったが、モコトテリの首長が、自分たちの女が覚えられるように繰り返し歌うように求めたのは、何と言ってもリティミの歌だった。

風がやさしく椰子の葉をなでる
口を閉ざした蛙たちとともにその物憂い音に私は耳を澄ます
空高く星々は笑っている
けれど雲が空を覆い悲しみの涙が落ちてくる

首長が私たちの方にやってきて、私に対して言った。「さあ、今度はお前が歌う番だ」
「私は歌えないわ」笑いを抑えきれずに、私は言った。
「少しは歌えるだろう」首長は諦めなかった。「白人がどれだけ歌が好きか、話に聞いておる。歌う箱まで持っているとな」
カラカスの学校で三年生のとき、私は音楽の先生から、声がひどいだけでなく、全くの音痴だとまで言われたことがあった。けれどハンス教授は--彼はそう呼ばれることを好んでいたのだが--私の歌いたいという気持ちには応えてくれ、一番後ろの列で小さい声で歌うことを条件に、授業に出ることを認めてくれた。ハンス教授は、私たちが習うはずだった宗教の歌や民謡については無頓着で、三十年代のアルゼンチン・タンゴを私たちに教えてくれた。このときに習った歌はよく覚えていた。
自分の周りの期待に満ちた人々の顔を眺めながら、私は焚き火の方に歩み出た。そして、私は咳払いをすると、自分の発する調子外れの音程のことはすっかり忘れて、歌い始めた。束の間、ハンス教授がタンゴを歌うときの情熱的な歌い方を、自分は忠実に再現している気がした。私は両手の拳を胸の前で握りしめ、一節一節の悲しさと悲劇性によって、自分がどこかに連れ去られるかのような気持ちで目を閉じた。
聴衆は呪文をかけられたかのように静まり返っていた。モコトテリもイティコテリも皆が小屋から出てきて、私の一挙手一投足に見入った。
**149** 首長は長い間私を見つめたままでいたが、ようやく口を開くと言った。「我々の女には、この不思議な歌い方は覚えられそうにないな」
そのあとは男たちが歌った。広場の中央に一人ずつ立つと、体の前に立てた弓の上に両手を置いて、男たちは歌った。友だちが歌い手に付き添うこともあり、その場合は、男は連れの肩に腕をまわして歌った。モコトテリの若者の一人が歌った歌が、その晩のお気に入りとなった。

一匹の猿が木から木へと跳ぶ
俺はそいつを弓矢で射る
ただ緑の葉が落ちてくるばかりで
くるくると舞っては足元に降り積もる

イティコテリの男たちは、夜通し招き手と話し、歌い、ハンモックで横になることはなかった。シャボノの正面の入り口に近い空いた小屋で、他の女や子どもと一緒に私は眠った。
翌朝、私はパパイヤとパイナップルで腹を満たした。モコトテリの少女の一人が、自分の父親の畑から取ってきてくれたものだ。リティミと私は、薮に用を足しに行ったときにその果物を見つけていた。リティミはその果物を食べたいと言わないほうがいいと言ったが、それは礼儀に適わないからではなくて、まだ実が熟していなかったからだった。けれど私は、その酸っぱい味にも、食べたあとの幾分の腹痛にも不満はなかった。バナナや椰子の実は私にとって野菜のようなもので、なじみのある果物はもう何ヶ月も食べていなかったからだ。
「きみの歌声はなんとも凄かったな」私の横にしゃがみ込んで、若い男が言った。「オホー、歌の意味は分からなかったけれど、まったくひどい響きだったよ」
言葉もなく、私はその男を睨んだ。笑ったらいいのか、それとも罵詈雑言を返すべきなのか分からなかったのだ。
リティミが腕を私の首に巻きつけると、大声で笑いだした。そして首をかしげて私を見ると、耳元で囁いた。「あなたが歌ってるのを聞いて、猿の肉でお腹が痛くなったのかと思った」
イティコテリとモコトテリの男たちの一団が、昨晩話を始めたときと同じ場所にしゃがみ込んだままで、ワヤモウのやり方に適った儀礼的な様式の話し方で、会話を続けていた。物々交換は時間のかかる混み入ったやりとりであり、交易の品々に対するのと同じだけの重みが、そこで交わされる情報と噂話にも置かれるのだった。
昼近くのことだった。自分たちの男が交換した物のことで、モコトテリの女の幾人かが文句を言い始めた。マチェーテもアルミの鍋も、それに木綿のハンモックも、みな自分たちに必要なものだと言うのだ。「毒を塗った矢尻だって!」女の一人が怒って大声を上げた。「そんなもの、怠けてなければ自分たちで作れただろうに」しかし、女の言葉など耳に入らないという様子で、男たちは交渉を続けていた。

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