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2017年2月5日日曜日

04 フロリンダ・ドナー「シャボノ」


フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第四回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙16枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第一回〜第三回はこちらです。
[第一回] | [第二回] | [第三回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします。それでは、お楽しみください]

出会って間もない二人の先住民族とともに、はじめてアマゾンの森に足を踏み入れた若き女性文化人類学者のフロリンダを待っていたのは、予想外の事態でした。

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第一部 (承前)

**044**


続く四昼夜は、歩き、水浴びをし、眠るということを繰り返しているうちに、一つに溶け合ってしまったかのように思えた。それは、夢の中のような日々で、奇妙な形の木やつる植物が、見えない合わせ鏡に写し出されるかのように、切りもなく、何度も何度も現れるのだった。太陽がしっかりと降り注ぐ、森の中の開けた場所か、川辺に辿りつくまでは、そのイメージが消えることはなかった。
五日めにはもう足に豆はできなくなっていた。ミラグロスが私のスニーカーを切ってばらし、柔らかくした植物の繊維を鼻緒として靴底につけてくれた。毎朝彼は手作りのサンダルに新しい鼻緒をつけてくれ、私の足は、それ自体の衝動に従うかのように、ミラグロスと老婆のあとを追って歩いた。
高さが人間ほどもある葉やシダが沿って生える小径を、私たちは何も喋らず、ただ歩き続けた。あるときは、藪の下を這って抜け、あるときは、つる植物や枝が作る壁をかき分けて進んでいくうちに、私たちの顔は、汚れて擦り傷だらけになった。二人の道連れの姿が見えなくなることもあったが、ミラグロスは歩きながら枝を踏む癖があり、その音を追うのは簡単だった。木のつるで作られた吊り橋がかけられた川や流れをいくつも渡った。両岸の木に結ばれている吊り橋は、いかにも頼りなげで、吊り橋を渡るたびに、私たちの重さに耐えられないのではないかとはらはらした。**045**ミラグロスは笑って、自分たちの仲間は、方向感覚こそ今ひとつだが、橋をかけることについては確かな技を持っているのだと、私に受け合った。
道を歩いていると、泥の上に足あとを見かけることがあった。ミラグロスは先住民族の居住地が近いのだと説明した。彼は目的地に早く着くことを優先したので、居住地に近寄ることはなかった。「一人なら、とっくに着いとるところなんだがな」いつアンゲリカの村に着くのかと私が聞くたびに、ミラグロスはそう答えた。そして私たちを見て首を振りながら、諦めた調子で付け加えるのだ。「女が一緒だと遅くなっちまう」
けれどミラグロスは、私たちののんびりしたペースを気にしてはいなかった。午後早いうちにキャンプ地を決めることもしばしばで、私たちは広い川辺で、太陽に暖められた水に入って水浴びをし、川面に顔を出した大きななめらかな岩の上で体を乾かした。眠気を覚える心地よさに包まれ、私たちは動きのない雲を眺めた。本当にゆっくりとしか形が変わらないので、別の形へと変わる前に夕暮れが訪れてしまうほどだった。
私が、この不可解な冒険行に加わることになった理由について、思いを巡らせるのは、こうしたものうげな午後のことだった。これは自分の夢を実現するためにやっていることなのだろうか。それとも手に負えなくなった責任からの逃避なのか。アンゲリカに呪文をかけられたという可能性すら、私は真面目に考えた。
日が経つにつれ私の目は、いつでも目の前にある緑一色という景色に慣れていった。じきに私は、赤と緑の金剛インコや、黒と黄のくちばしのトゥカンを見分けることができるようになった。一度など水を探しにやって来た獏が、下生えの中何かにぶつかるところまで目撃した。その獏は、私たちの次の食事に出されることになった。
赤茶色の毛をした猿たちが、木の上の方で、ずっと私たちのあとをついてきた。彼らが姿を消すのは、私たちが川沿いを行くか、滝の間を通ったり、空を映す静かな水路の脇を進んだりするときだけだった。下生えの深みに埋もれた、苔むした倒木からは赤と黄のきのこが生えていたが、あまりにも脆いので、私が触れると、色のついた埃でできているかのように粉々に砕け散った。
私は、私たちが行き会う大きな川を、地理の本で憶えた川と照らし合わせることで、自分がどこにいるかを確認しようと試みた。私はミラグロスに川の名を訊ねたが、ミラグロスは先住民族の呼び名でしか答えてくれないので、私が知っている名前と一致することはなかった。
夜になって、白い霧が地面から湧き出すかのように現れ、夜露の湿り気が顔に感じられる頃、ぼんやりとした焚き火の明かりの中で、ミラグロスは自分たちの神話を、鼻にかかった低い声で話し始めるのだった。
アンゲリカは目を見開き、背筋を伸ばして座っている。彼女は話に注意を払うためというより、眠ってしまわないためにそうしているようだったが、十分もするとすやすやと眠ってしまうのだった。ミラグロスは夜遅くまで話をした。精霊でもあり、獣でもあり、一部は人間でもある存在が森に住んでいた時代について活き活きと語った。そうした存在たちが、洪水や疫病をもたらし、森を獲物と果物で満たし、人に狩りや農業を教えたのだ。
ミラグロスのお気に入りの神話は、イウラメというワニの話だった。イウラメは川の生きものになる前は、人間のように歩き、話をすることもできた。イウラメは炎の守り主で、口の中に炎を隠しもっていたのだが、他の生きものたちとそれを分かち合うことはしなかった。森の生きものたちは豪勢な宴でワニをもてなすことにした。イウラメが笑ったときにだけしか、炎を盗むことができないのを知っていたからだ。次から次へと冗談が語られ、ついにそれ以上我慢ができなくなって、イウラメは大笑いをしてしまう。すると小鳥が一羽、開いた口に飛び込み、火を掠めとって聖なる木の高い梢に飛んで逃げてしまうという話だった。
ミラグロスは、その時々に語る様々な神話を、大筋は変えることなく、気分に応じて語り変え、話をふくらませた。以前には考えてもいなかっただろう細部を付け加え、まさにその瞬間に思いついたに違いない個人的な見方を取り入れるのだった。
「夢を見るんだ、夢を」ミラグロスは毎夜、語り終えるときにこう言った。「夢見るものは、長生きをするからな」

**047**
  *  *  *

それは現実のことだったのか、それとも夢だったのだろうか? アンゲリカの最初の声を聞いたとき、私は起きていたのか、眠っていたのか? 彼女は何か聞き取れないことをつぶやいて、起き上がった。寝ぼけたまま、顔に貼りついた髪を指ではがしながら、辺りを見回し、それから私のハンモックに近づいてきた。奇妙な熱心さで私を見つめるその目は、痩せてしわだらけの顔の中に、やけに大きく見えた。
彼女は口を開き、喉から奇妙な音を出した。そして全身が震え出した。私は手を伸ばしたがそこには何もなかった。ただ、おぼろな影が、薮の中に見えただけだった。「おばあさん、どこへ行くの?」自分が訊ねる声が聞こえた。返事はなく、木の葉から露がしたたり落ちる音がするばかりだった。もう一度、彼女の姿がつかの間見えた。その日の午後に川で水浴びをしたときと変わらぬ姿だった。次の瞬間には彼女の姿は濃い夜霧の間に消えていた。
呼び止めることもできず、私は大地の見えない裂けめに消えていく彼女の姿を見守るばかりだった。どんなに探してみても、彼女のワンピースすら見つけることはできなかった。これは夢なのだと、繰り返し自分に言い聞かせながらも、私は、霧に隠れる木の葉の間に彼女の姿を探しつづけた。しかし、どんなに探しても、彼女の痕跡すら見つけることができなかった。
目が覚めたときには、不安な気持ちでいっぱいで、心臓がどきどきと打っていた。太陽はすでに梢の上に昇っている。旅を始めて以来、こんなに遅くまで寝ていたことはなかった。自分でも遅くまで寝ていたくはなかったのだが、それだけでなく、ミラグロスも夜明けには起きるようにと、強く言ったからだ。アンゲリカの姿はなかった。彼女のハンモックもかごもない。木の幹に、ミラグロスの弓と矢が立てかけられたままだった。おかしいと私は思った。弓矢を持たずに彼がどこかに行ったことは今までなかった。募る不安をなだめるため、ミラグロスは老婆と一緒に、昨日の午後見つけた果物か木の実を取りに行ったんだろうと、繰り返し自分に言い聞かせた。
どうすればいいか分らず、私は川岸まで歩いた。私一人を残して、二人がどこかに行ってしまったことも、今までにないことだった。向こう岸に、一本の木が、どうにもひとりぼっちの様子で立っており、その枝を川面に垂らしていた。枝にはつる植物が絡みついて、赤い繊細な花をたくさん咲かせている。その姿は、巨大な蜘蛛の巣に、赤い蝶が捕らわれているかのようだった。
オウムの群れが、にぎやかにさえずりながら、木のつるに羽根を休めた。そのつるは、どの木から伸びているのか見分けがつかず、水の中から何の支えもなしに宙に伸びているかのように見えた。オウムの声を真似てみたが、私の存在には全く気づかない様子だった。私が水の中に歩み入ると初めて、オウムたちは飛び立ち、空に緑の弧を描いた。
太陽が木々の向こうに姿を消し、血のように赤い空が、その炎で川面を染めるまで私は待った。疲れ切って気力をなくし、私は自分のハンモックへと歩いて戻った。そして、焚き火を突っつき、火を起こそうとした。琥珀色の目をした緑の蛇が、私の顔を伺っているのに気づいて、私は恐怖に凍りついた。蛇は鎌首をもたげ、私同様おどろいているように見えた。息をひそめ、葉がかさかさと音を立てるのを聞きながら、蛇がゆっくりと、ねじくれた根の間に姿を消すのを見守った。
アンゲリカの顔を見ることはもう二度とないのだと、私にははっきりと分った。泣きたくはなかったが、涙を抑えることができず、私は地面に積もる落ち葉に顔を埋めた。「おばあさん、どこへ行っちゃったの?」夢の中でしたように、私はつぶやいた。濃密な緑色をした樹海に向かって、彼女の名を呼んだ。年老いた木々は答えることをせず、ただ静かに私の悲しみを見守るだけだった。
濃密さを増していく影の中に、ミラグロスの姿がかろうじて見えた。体を固くして私の前に立った彼は、その顔も体も灰で汚れ、真っ黒だった。一瞬、私の視線を捉えたかと思うと、彼は目を閉じ、体の下、膝が折れ、力尽きたかのように地面にくずれ落ちた。
「埋めてきたの?」私はそう聞くと、彼の片腕を自分の肩に回し、ハンモックまで引きずっていった。**049**なんとか彼の体を持ち上げ、まず腰、次に脚と、ハンモックの中へ入れた。
彼は目を開けると、遠くの雲まで手よ届け、と言わんばかりにその手を空に伸ばした。「彼女の魂は天に、雷の住み処へと昇っていった」やっとの思いで、彼はそう言った。「炎によって、彼女の魂は骨から解き放たれた」そう付け加えると、彼は深い眠りに落ちていった。
彼が落ち着きなく夢を見ている様子を見守っていると、私の疲れた目の前に、幻の木々の影が立ち現れた。夜の闇の中、奇怪な形をした幻の木々は、椰子の木よりもよほど現実的で、ずっと高く見えた。私はもう悲しくはなかった。アンゲリカは私の夢の中で消えたのだ。彼女は、現実でもあり幻でもある木々の一部なのだった。もはやこの世にはいない、獣や神話的存在の霊魂とともに、彼女は永遠に森の中を歩き続けるに違いない。
ミラグロスが地面に置かれたマチェーテと弓矢に手を伸ばしたのは、もう夜明けが近い頃だった。彼は心ここにあらずといった様子で矢筒を背負い、一言も発しないまま茂みの中に踏み入っていった。彼の姿を影の間に見失うことを恐れて、私はあとを追った。

押し黙ったまま私たちは二時間を歩いた。ミラグロスは森の中の開けた場所のふちで急に足を止めた。「死者の煙は、女と子どもには害になる」彼はそう言って、組まれた丸太の燃えあとを指した。半分ほど崩れており、その灰の中ほどに黒くなった骨が見えていた。
私は地面に座り込み、木の幹から作っておいたすり鉢を、ミラグロスが小さい焚き火に当てて乾かすのを見ていた。恐怖と魅惑の相半ばする気持ちで、私はミラグロスが灰をふるいにかけ、アンゲリカの骨を選り分ける様子に見入った。彼は細い棒で骨を潰し、濃い灰色の粉にしていった。
「炎が上げる煙に乗って、アンゲリカの魂は雷の住み処まで昇っていった」ミラグロスは言った。**050**彼が私たちのひょうたんを、粉になった骨でいっぱいにしたときには、すでに夜が訪れていた。ひょうたんは、ねばり気のあるにかわで封をされた。
「もう少しでも、死の訪れを待たせることができればよかったのに」私は残念な気持ちで言った。
「そうだったとしても違いはない」すり鉢から顔を上げて、ミラグロスは言った。顔は無表情だったが、黒い目には拭われないままの涙が光っていた。下唇が震えたが、次の瞬間には笑みを半分浮かべていた。「彼女の望んだのは、命のみなもとが再び仲間の一部となることだ」
「同じじゃないわ」ミラグロスが言ったことを、はっきり理解することもせずに私は言った。
「命のみなもとは骨の中にある」私が知らないことを説明するかのように、彼は言った。「森の中、仲間のもとに、彼女の灰は戻るのだ」
「アンゲリカは死んじゃったのよ」私はこだわって言った。「仲間に会いたがってたのは彼女なのに、灰がどうしたって言うの?」老婆の微笑みを見ることも、その笑い声を聞くことも、もう二度とないのだと思ったとき、抑えようのない悲しみで私は一杯になった。「私が一緒に来ることを、あんなにはっきり確信してた理由だって、まだ聞いてなかったのに」
ミラグロスは泣き始め、火葬の跡から炭のかけらを拾うと、涙に濡れた顔をそれで擦った。「我々のシャーマンの一人が言ったのだ、アンゲリカは村から離れることになるが、死ぬときは仲間のもとに戻り、その魂は部族の一部として留まることになるのだと」私が遮ろうとすると、ミラグロスは鋭い視線で私を見た。「お前と同じ色の髪と目をした少女によって、アンゲリカがそのようにして死ぬことができるようになるのだと、シャーマンは受け合ったのだ」
「でも、彼女の仲間は、白人とは接触がなかったんじゃないの?」私は聞いた。
ミラグロスは涙を溢れさせたまま、仲間たちが大きな川のそばに住んでいた時代があったのだと説明した。「そうした時代のことを憶えているのは今では少しの年寄りだけだ」**051**彼は静かにそう言った。「もう長い間、我々は森の奥へ奥へと移り続けているのだ」
旅を続ける理由がもうなくなってしまったと、私は重たい気持ちで考えた。あの老婆がいないのに、彼女の仲間に会って、どうすればいいというのだろう。彼女こそ、私がここにいることの理由だったのに。「私これからどうしよう? 布教所まで連れて戻ってくれるの?」私はそう訊ね、ミラグロスの戸惑いの表情を見てつけ加えた。「彼女の灰を持っていくのは、また別のことでしょ」
「同じことだ」彼はつぶやいた。「そして、彼女にとってはそれが一番大事なことなのだ」そう付け加え、灰で満たされたひょうたんの一つを私の腰に結んだ。
私は一瞬からだを固くしたが、ミラグロスの目を見ると緊張が溶けた。黒く汚れた彼の顔は、威厳に満ちていると同時に悲しげでもあった。涙に濡れた頬を私の頬に押しつけると、自分の頬をまた炭で塗った。私はこわごわと腰につけられたひょうたんに触れた。ひょうたんは軽く、そこには老、婆の笑いと同じ軽やかさがあった。

☆続きはこちらです。
[第五回]

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