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2016年10月5日水曜日

01 フロリンダ・ドナー「シャボノ」-- アマゾンの奥地、ヤノマミ族の暮らし


フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は四百字詰め原稿用紙15枚ほどの分量です]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします。それでは、お楽しみください]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

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**003**第一部



 私は半分眠りながら、周りで人々の動く気配を感じていた。小屋の中、床の踏み固められた土の上をぱたぱたと裸足で歩く音や、せき込んだり、せき払いしたりする音、そして女たちの小さな話し声が、はるか遠くからのように聞こえてくる。私はものうげに目ぶたを開けた。夜明けまではまだ少し間がある。薄暗い中に、リティミとトゥテミが裸の体を囲炉裏に向かって身を屈めているのが見えた。夜の間の残り火がまだ赤い光を放っている。タバコの葉、水でいっぱいのひょうたん、毒を塗った矢じりの入った矢筒、獣の頭蓋骨、そして青いプランテンの房が椰子葺きの天井から吊られているのが、たなびく煙の下、宙に浮かんでいるかのように姿を見せていた。
 あくびをしながらトゥテミが立ち上がった。伸びをしてからハンモックに屈み込み、ホバシウェを抱き上げた。静かに笑いかけながら彼女は赤ん坊のお腹に頬をすり寄せた。何かを呟きながら赤ん坊の口に乳首を含ませ、ため息を一つつくと自分のハンモックに身を戻した。
 リティミは乾燥させたタバコの葉を何枚か天井から引っ張って取ると、水でいっぱいのひょうたんの器に浸した。濡れた葉を一枚取り、灰をまぶしてからくるりと巻いてひとまとまりにした。巻いたタバコを下唇と歯茎の間に入れると、大きな音を立ててそれをしゃぶりながら、もう二枚の葉を巻いた。**004**一つをトゥテミに渡すと、私の方に近づいてきた。私は目を閉じて寝たふりをした。リティミは私のハンモックの頭のところでしゃがみ込み、唾で濡れてタバコの味のする指を私の下唇と歯茎の間に走らせたが、巻いたタバコを口の中に残すことはしなかった。彼女はくすくす笑いながらエテワの方にゆっくりと向かった。エテワは自分のハンモックから様子を見ていた。リティミはタバコの葉の塊を手のひらに吐き出すとエテワに渡した。そしてもう一つの巻いた葉を口に入れると、体をエテワの上に重ね小さくため息をついた。
 囲炉裏の火が小屋を煙で満たし、冷たく湿気た空気を徐々に暖めていた。昼も夜も絶やされることのない囲炉裏の火が、それぞれの住まいの中心となっていた。囲炉裏の火が椰子葺きの天井につけた煤の跡が、一家族の住まいを隣の住まいから区別していたのだ。というのも、小屋と小屋の間を仕切る壁というものがない。小屋と小屋はほとんどくっついて立てられており、互いの屋根と屋根が重なり合うほどなので、全体が巨大な円環状の建造物であるように見えた。小屋の集まり全体に対して一つの大きな入り口があり、いくつかの小屋の間には小さい入り口が設けられていた。それぞれの小屋は屋根を支える長い二本の柱と短い二本の柱からなっていた。小屋の高い側には壁はなく、円環状の住居の真ん中の広場に面して開けており、小屋の外側は低くなって、短い柱で屋根までの壁が作られていた。
 濃い霧が周りの木々を濡らしている。小屋の広場側の端に吊るされた椰子の葉が、灰色の空を背景にくっきりと浮かび上がって見えた。エテワの猟犬が丸めた体の間から首を上げ、口を大きく開けて眠そうにあくびをした。私は目を閉じ、囲炉裏で焼かれるプランテンの匂いをかぎながらうとうととした。前の日、近くの畑で何時間もしゃがみ込んで草取りをしたため、背中が張り、足が痛んだ。
**005** ハンモックが激しく左右に揺さぶられたので、私は驚いて目を開けた。小さな膝でお腹が押され、私は喘いだ。反射的にハンモックの両側を引き寄せ、体にかぶせて身を守った。厚いヤシ葺きの屋根を支える柱が揺さぶられると、ゴキブリや蜘蛛が落ちてくるのだ。
 くすくす笑いながら子どもたちが、私の体の上や周りを転げ回った。彼らの褐色の裸体が、暖かく柔らかく私の肌に触れた。私がやって来た初めの日から、ほとんどすべての朝と同じように、子どもたちは柔らかい手を私の顔、胸、腹、足と走らせ、私に自分の体の構造を意識するよう仕向けるのだった。私は大きないびきを立てて寝たふりをした。二人の男の子は私の両脇に寄りそい、女の子は私の上に乗り、私のあごに頭のてっぺんを押しつけた。彼らは煙と土ぼこりの匂いがした。
 ベネズエラとブラジルの間のジャングルの奥深くにあるこの居住地に初めてやってきたとき、私は彼らの言葉を一言も知らなかった。けれども、この〈シャボノ〉に住む八十人ほどの人々が私を受け入れる際に、そのことが何らかの障害となることはなかった。彼ら先住民にとって自分たちの言葉が分らないということは〈アカ・ボレキ〉すなわち知恵遅れと同じことであり、私はそのような存在として、養われ、可愛がられ、甘やかされた。私の失敗は、私が子どもであるかのように許され、大目に見られたのである。大きな失敗はたいてい大爆笑によって受け入れられた。体を大きく揺らし、しまいには地面を転げ回り、目には涙を浮かべて、彼らは大笑いした。
 頬に小さな手が押しつけられて回想が途切れた。リティミとエテワの四歳になる娘のテショマが、私の上に寝そべりながら目を開け顔を動かし、短く固いまつ毛を私のまつ毛に近づけまたたかせた。「起きたくないの?」私の髪を指でとかしながら女の子は聞いた。「プランテンの用意ができたよ」
 暖かいハンモックから出たいとはちっとも思わなかった。「ここに来て何ヶ月になるんだっけ?」私は訊ねた。
「たくさん」三人が声を揃えて答えた。
**006* 私は思わず微笑んだ。何であれ三を超えるものは「たくさん」か「三以上」と表されるのだ。「そうね、たくさんの月ね」私は優しく言った。
「あなたが初めて来たときには、トゥテミの赤ちゃんはまだお腹の中で寝てたね」テショマがそう呟きながら、すり寄って来た。
 時間を意識するのをすっかりやめたというわけではなかったが、日、週、月といったものがもはやはっきりとした境い目を失っていた。ここでは今という瞬間にだけ意味があり、ここに住む人々は、森の濃い緑の影の中で日々起きることのみを重んじた。彼らにとって、昨日や明日はおぼろな夢のように不確かなものであり、木々の葉の間を通って一条の光が差さない限り見ることのできない蜘蛛の巣のようにもろいものなのだ。
 初めの数週間というもの、私は時間を測るということに取り憑かれていた。自動巻きの腕時計を昼も夜も身につけ、毎日の日の出を記録することに自分の存在自体がかかっているかのように、そのことをしないではいられなかった。私の中で根本的な変化が起きたのがいつのことなのか、はっきりと言うことはできない。思うにそれは、イティコテリの居住地に来るしばらく前、東ベネズエラの小さな街で伝統療法の調査をしているときにすでに始まっていたことなのだ。

 私はバルロベント地域で、三人の治療師のもと数ヶ月に渡るフィールドワークを行なった。その間に集めた多数のテープや数百ページに渡るノートから書き起こし、翻訳し、そして分析を行なった末に、私は自分の研究の目標や有効性について疑わざるを得ない状態に落ちいっていた。データを整理して意味のある理論的枠組に当てはめようとする私の努力は空しいものであることはもはや明らかだった。集められた情報には一貫性がなく、互いに矛盾していると言わざるを得なかった。
**007** 日常的な生活の営みという文脈の中で、治療の実践が治療師とその患者にとって持つ意味を明らかにすることに、私の研究は力点を置いていた。健康と病気についての社会的な現実認識が、治療師と患者の緊密に組み合わされた活動の中から作り上げられる様子を見極めることに、私の関心はあったのだ。両者が互いに相手を、また相手の持つ知識をどのように見なしているかというシステムを身につける必要があり、そのことができて初めて彼ら独自の解釈システムの内で行動することができるようになる、というのが私の仮説だった。そのように行動することができれば、集めたデータの分析結果は、私が行動した彼らの行動システムから得られるものになり、私がもともと持っていた文化的環境からの投影ではないことが保証されるのである。
 現場にいるあいだ私は、行動をともにした三人の治療師のうちの一人、ドーニャ・メルセデスの家で寝起きした。治療師と多数の患者について記録し、観察し、インタビューを行なっただけではなく、治療の場に実際参加し、新しい状況の中に自分を丸ごと投げ込んだ。
 しかし私が日々出くわしたのは、治療の実践とその説明の間には、一貫性などまったくないという事実だった。ドーニャ・メルセデスは私の当惑を笑い、私が変化や新しいものを受け入れることができず融通がないと言って笑った。
「あたしがそう言ったってのは確かなのかい?」テープを聞きながら彼女が訊ねた。私がぜひ聞いて欲しいといってかけたテープである。
「喋ってるのは私じゃないでしょ」私は厳しい調子で言うと、彼女が自分の説明に矛盾があることに気づいてくれることを期待しながら、タイプしたノートを読み始めた。
「素晴らしいことを喋ってるね」私が読むのをさえぎって、ドーニャ・メルセデスは言った。「あんたが話してるのはほんとにあたしのことなのかね? あんたはあたしを本物の天才にしちまったみたいだ。ラファエルとセラフィーノの治療に立ち会ったときのノートを読んでおくれよ」
 ラファエルとセラフィーノというのが、私が行動をともにした、あと二人の治療師だった。
 言われた通りにしたあとで、矛盾した情報について彼女が手助けてくれないかと期待して、私はもう一度テープレコーダをかけた。しかし、ドーニャ・メルセデスは自分が何ヶ月も前に言ったことには何の関心も示さなかった。彼女にとってそれは過去のことにすぎず、もはや何の意味も持たないというのだ。自分が言った覚えもない言葉を録音しているテープレコーダのほうがどうかしているのだと、彼女は自信たっぷりに私に言ってのけた。**008**「あたしが本当にそう言ったとすれば、そいつはあんたの仕業だよ。あんたが治療について聞くたびに、自分が何を言ってるのか本当は分ってもいないのに喋り始めちまうんだから。あんたはいつもあたしの口を言葉で一杯にしちまう。もしあんたが治療のやり方を知ってたら、治療について書いたり話したりなんて、わずらわしいことはしないだろうね。その代わりにただ治療をすればいいんだから」
 自分の研究が意味のないものだとは考える気にはなれず、私は他の二人の治療師に会いに行った。全く残念なことに、二人も私の助けにはならなかった。彼らも情報に一貫性がないことは認めたものの、その説明はドーニャ・メルセデスとさして変わりのないものでしかなかった。
 あとから考えれば、この失敗を私が絶望的なものだと思ったのは滑稽なことに思える。わたしは怒りにまかせて、大胆にも自分のノートを燃やしてしまうようドーニャ・メルセデスに頼んだのだ。彼女は喜んでノートを一まとめにすると、一枚、また一枚と、ろうそくの火にかざして燃やしていった。そのろうそくは、治療室の祭壇の上の聖母マリア像を照らすためのろうそくの一本だった。「あたしにゃ本当に分らないよ、あんたの機械が言うこととあたしが言うことで、どうしてあんたはそんなに気を取り乱しているんだろうね?」祭壇の上のもう一本のろうそくに火を灯して、ドーニャ・メルセデスはノートを燃やすことを続けた。「あたしが今してることと、数ヶ月前に言ったことの間の違いにどんな意味があるって言うんだい? 大切なのは患者がよくなるってことだろう? 何年か前に心理学者と社会学者がやってきて、あんたのと同じような機械であたしが喋ることを何もかも録音していったよ。そいつはいい機械だったに違いない、何しろもっと大きかったからね。二人はここに一週間しかいなかったよ。その間に集めた情報で治療についての本を一冊書いたのさ」
「その本なら知ってるわ」私はぴしゃりと言った。「きちんとした研究とは言えないと思う。単純化のしすぎで、表面的だし、十分な理解に基づいてるとはとてもいえないんだもの」
 ドーニャ・メルセデスは不思議な目つきで私をじっと見た。その眼差しは半分は憐れむようで、半分は非難するようだった。沈黙の中、私は最後のページが灰となるのを見守った。彼女がしたことで私に不都合が生じることはなかった。私の手元にはテープとノートを英語に訳したものがあったからだ。彼女は椅子から立ち上がると、木製のベンチに座る私の横に腰を下ろした。「背負ってた重たい荷物を下ろしたってことがじきに分るさ」彼女は私をなぐさめた。
**009** 西洋以外の治療の実践についての研究が、どれほど重要であるかを、わたしは長々と説明することになった。ドーニャ・メルセデスは熱心に聞いてくれたが、顔にはからかうような笑みを浮かべていた。
「あたしだったら」彼女は言った。「オリノコ川をさかのぼって狩りに行くっていう、あんたの友だちの誘いに乗るだろうね。あんたにいい変化をもたらしてくれるかもしれないよ」
 研究に片を付けるため、できるだけ早くロサンゼルスに変えるつもりだっのだが、二週間のジャングル行きに付き合わないかという友だちの誘いを受けてみようかと、わたしは真剣に考えていた。狩りには何の興味もなかったが、文明の最後の拠点であるカトリックの布教所に着いたときに友だちが雇う予定でいる先住民族のガイドの一人を通して、シャーマンと知り合ったり、治療の儀式に立ち会ったりする機会が持てるのではないかと思ったのだ。
「私もそれがいいと思って」私はドーニャ・メルセデスに言った。「治療について、あなたも知らないようなことを教えてくれる凄い治療師に会えるかもしれないもの」
「ありとあらゆる興味深い話を聞けること受け合いさ」ドーニャ・メルセデスは笑って言った。「だけどそいつを書きとめようなんて思わないほうがいい。あんたは研究をしに行くってわけじゃないんだからね」
「ええ、そうね。でも、どうしてそんなことが分かるの?」
「あたしが呪術師だってことを忘れちゃ困るね」私の頬を叩きながら、彼女は言った。黒い瞳が言葉では表せないほどの優しさを湛えていた。「それとあんたの英語の ノートが机に大事にしまわれてるかなんてことは気にしないほうがいい。戻ってくる頃にはそんなノートは何の役にも立たなくなってるはずさ」

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☆続きはこちらです。
[02 フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

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